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 面倒なことになったとは思うが、あの場での適任は彼女以外にいなかった。舌打ち混じりに頭を下げ、不承不承の体で「そのうちお返しします」とだけ言ってレンツォは眼鏡を押し上げた。
 自分だって国のために弟を見捨てたくせに――さすがのレンツォも、二の姫をそこまで追い詰めるほど冷酷ではない。相手が男であれば別だったが。

「こちらばかりが責められますが、あなた方もなかなかのものでしょう。クロード・ラフォン、あなたにもお伺いしたいことは山ほどあります」
「おやおやまあまあ、してなにを?」
「おやおやまあまあ、クソ腹の立つ物言いですね」

 苛立ち始めたフェリクスとは対照的に、クロードはふんわりとした笑みを浮かべて小首を傾げている。癖の強い銀髪が小憎たらしい。

「精霊消失の魔法が張られていたにも関わらず、あなたは法術を使ってみせた。そのことについて、お訊ねしても?」
「セーレーショーシツ?」

 フェリクスが眉根を寄せる。

「魔女なんかが使える特殊な魔法だねえ。行使できる魔女の数もそう多くはないと聞いているけれど、ここにはそんな珍しい魔女さんがいるのかな。でもってそれは、君達に協力してくれるような魔女さんなわけだ」
「さて、どうでしょう。それよりも、質問には答えていただけますか?」
「さて、どうでしょう?」

 気に入らない。
 微笑を浮かべたままのクロードと無表情のレンツォの対比は、フェリクスにしてみれば気持ちの悪いものだったらしい。頭を掻き毟った熊のような男は、そのままテーブルに突っ伏して低く唸った。

「……だりィ。俺、頭脳戦は苦手なんだわ……」
「ははっ、頭脳戦というよりは子供のケンカみたいだけど。まあでも、この二人のは特にイラつくな。あんたがそうなるのも分かる分かる。リオン、仲裁してやって」
「私がですか? はぁ……、レンツォ、耳障りだから少し黙ってくれないかしら? 貴方の嫌いな“無駄な討論”だわ」

 足を組み替えた拍子に、テーブルにぶつかってカップの中の紅茶が跳ねた。

「ま、いいでしょう。探られて痛い腹があると分かっただけで十分です」
「それはなにより。ところで、うちの騎士長さんが銃で“撃たれた”んだけれど、心当たりはある? ベラリオ王子はベスティアと関係があったみたいだけれど」
「撃たれた? 対人用の銃ってこと? あンの馬鹿、そんなもんにまで手ぇ出してたってのか!」
「……オイ、それって特殊金属が見つかったってことか? それをベスティアが!?」

 血相を変えたフェリクスが勢いよく立ち上がったせいで、椅子が大きな音を立てて転がった。騒がしさに窓辺の鳥が飛び立っていく。
 頭脳派とは縁遠いフェリクスでも、どういうことかは分かるらしい。
 ――戦が変わる。
 震える拳には太い血管が浮いていた。リオンがそっと手の甲を撫でてやると、彼はすぐさま大剣に手を伸ばそうとし、瞬時にその動きを戒めたように見えた。一瞬我を忘れるほどの衝撃だったのだろう。
 しばらく様々な憶測が飛び交ったが、結局結論に至ることはなかった。これ以上は話していても無駄だろうというところで、リオンとフェリクス、クロードの三人が呼びかけに応えるような自然さで扉に視線を向けた。
 それを一歩遅れて追う形でレンツォとミシェラフィオールが首を巡らせると、僅かに開いた扉の隙間からちらちらと肌色が覗いている。子供だ。部屋に入るのを躊躇っているらしい相手を、レンツォは手を打ち鳴らして呼び入れた。

「入りなさい、ルチア」

 少女は扉から半身を覗かせてこちらを伺っていたが、手招きしてやると猫のように走り寄ってきた。鐘のような髪が揺れる。相変わらず露出の多い服装だったが、今日は黒のワンピースで腹は隠れていた。
 ルチア・カンパネラ。毒を宿し、自らをバケモノだと名乗る少女は、日頃の天真爛漫さが嘘のようにしょげ返っている。気まずそうな顔をしたのはフェリクスだ。わざとらしく逸らされた視線が、少女をさらに追い詰める。

「アスラナの騎士長とは会いませんでしたか?」
「会ってないよぅ。とゆーか、あんなの会えない! だってエルク、ルチアのこと大っ嫌いだもん!」

 大人の誰もが曖昧な表情を浮かべる中、レンツォは黙って小さな頭を撫でてやった。

「ねぇ、レンツォ……、にーさま、まだ見つからないの?」

 ファウスト・カンパネラは、ホーテンの自害を目撃するなり半狂乱に陥り、その場にいた者達を押しのけて城外へ逃走した。少年の速さに敵う者はなかなかおらず、混乱状態にあった白露宮では捕縛には至らなかった。その辺りの警備の改善や兵士の教育を見直すことも今後の課題だ。
 ファウストはホーリー国内で人相書きを配って捜索にあたっているが、未だに消息は不明だ。ポポ水軍を利用した形跡もなければ、どこかで船が奪われたという報告も聞かない。そう遠くには行っていないはずだが、あまり人員を避けない以上、短期での発見は難しいだろう。


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