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 アスラナが誇る王都騎士団十三隊、その十番隊アスクレピオスを従える隊長は粗野で粗雑で、頭もいいようには見えないし、外交に明るいようにも思えない。けれど腕だけは確かなのだろう。自分とは違う太い指は、いくつもの肉刺が潰れたあとが見受けられた。
 そんな頭脳派とは真逆の位置にいそうな彼が、どうしてこのホーリーにやってきたのか。いくつもの考えを巡らせているが、遣わされた当人がなにも考えていなさすぎて逆に読みにくい。おおよその見当はついているが、だからこそ腹が立つこともある。

「ホーリーの観光は楽しんでいただけましたか?」
「え? あァ、まァ、うん」

 分かりやすすぎる反応に、クロードが困ったように眉を下げている。
 自分の不利な状況だけは空気で感じることができるのか、フェリクスはもごもごと口を動かしてから、子供のように唇を尖らせた。かわいくないどころか気持ちが悪い。不快感を露わにするが、彼はその仕草をやめようとはしなかった。

「随分と馬鹿にしてくれっけどなァ、俺のおかげでお前さんとこの王子さんは助かったんだぜ?」
「恩着せがましいですね。それがアスラナの手口ですか?」
「あのなァ!」
「まあまあブラント隊長、落ち着いて落ち着いて。しかしながら秘書官さん、彼の言うことも事実でしょう? 現に、あなたは彼を呼びつけてシルディ王子を助けに行かせたんですから」

 事実を突き付けられると否定するわけにもいかず、レンツォは小さく鼻を鳴らしてカップに噛り付いた。
 プルーアスに視察に行かせていたリオン・アヴェノに連絡を取り、おそらくタルネットにいるであろうフェリクスを捕まえて王子を救出して来いと命じたのは紛れもない事実だ。どこにいるのか詳細は伝えなかったが――そもそも確信がない――、案の定リオンは見事に彼を見つけ出し、上手く利用してみせた。
 昔からそういう勘と運だけは強い女だった。頭の切れる元武官のリオンは、足を痛めて以来レンツォ直属の文官となって働いているが、紙の上でしか役に立たない役人と違って現場でも十分に戦力となる。

「なあレンツォ、ホーテン兄貴にはいつから声かけられてたんだ?」
「十年ほど前になります。えらく親切でしたよ。ループレヒトと出会ったのも同じ頃ですね」

 先に知り合ったのはグイードだった。武官の道を進む青年は、日に焼けていないレンツォを見て小馬鹿に笑っていたのをよく覚えている。

「つまり、秘書官さんは最初から全部知ってて、うちの大事なお姫様を巻き込んでくれたのかな?」
「クロード神父だったかしら? これにそんな言い方をしても無駄よ。揺さぶることなんてできないわ。どうせ今だって『ですけどなにか?』とでも言うつもりだったのだろうし」

 リオンの台詞に、「そりゃそうだ!」とミシェラフィオールが手を叩いた。

「言っておくけれど、ミクシィーア城に潜入するのはとっても難しかったのよ? いくら主要な将がテティスに流れてるとはいえ、あのままブラント隊長が見つからなかったらどうするおつもりだったのかしら」
「それはあなたの力量がなかったということでしょう。結果、どうにかなったのですから無駄な討論だと思いますが」
「まったく、本当に腹の立つ人ね。――というわけだから、ブラント隊長には本当にお世話になりました。貴方がいなければ、王子の救出は困難だったわ」
「いやァ、それほどでも……。俺も迷惑かけちまいましたしねェ」
「デッレデレですね。そのまま女狐に騙されて身ぐるみ剥がされても別にいいんですよ」

 あとから入った情報だが、リオンとフェリクスのシルディ救出は随分と派手で強引なものだったらしい。壊れた城壁や門扉の修繕は誰が担当するのかと書類が届き、レンツォはしばらく頭を抱えることになった。
 手痛い出費はあれど、フェリクスを駒に加えれば計画は順調だった。ミシェラフィオールをツウィから呼び出し、ディルートの守りを固めれば万が一の有事にも対応できる。地理的な意味でもホーテンがミクシィーアの兵を簡単に動かすわけはないし、ヴォーツの勇将達はすでにテティスに集結していた。仮にヴォーツ兵団が攻め入ってきたとしても、ツウィにいたミシェラフィオールであれば戦力の把握から攻略の仕方まで、的確に指示することができる。
 あとは、レンツォ自身がホーテンの傍らにいるだけですべてがなんとかなった。どういうわけか、あの男はレンツォを信じ切っていた。

「それにしても、突然手紙が来たときは驚いたね。これは大きな貸し一つだ、レンツォ。覚悟しときな」

 叩かれた肩の痛みから、僅かな怒りが伝わってくる。
 ミシェラフィオールはベラリオと同じ腹から生まれてきたのだ。腹違いの弟を救うために実の弟を見殺しにしたレンツォに対し、怒りを覚えるのも無理はない。昔から彼ら姉弟は淡白な関係だったが、血には説明できない情も含まれていたようだ。



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