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「クレメンティアがね、仲良くしていた侍女と、兄様のところに遊びに行っていたんだって。三日後に招石の儀を行うんだって報告しに。兄様はいつだって優しかった。兄様はクレメンティアのことが好きだったし、きっとクレメンティアも同じだったんだと思う。でもその日、兄様は…………」

 俯いて言い淀むシルディの肩を叩き、レンツォが言葉の続きを引き継いだ。

「茶会の途中で、侍女の首を裂きました。クレメンティア様の目の前で。当然、侍女は死亡。私もたまたまその場に居合わせておりましたが、それはもう壮絶な光景でしたよ。ホーテン様が掻き切った侍女の首をクレメンティア様の頭上に掲げ、そのお召し物を深紅に染め変えた。それも、永遠の愛を囁きながら」
「なっ……! そんな、むごい……」
「……それからだよ。クレメンティアが、ライナだって名乗り始めたのは」

 聖職者は招石の儀を行う際に、御名を神に誓う。精霊達との盟約を結ぶ名は、本来誰もが生まれもって与えられた名であるために特別視されることではないが、そこで彼女は「ライナ・メイデン」で誓いを立てた。
 降り注ぐ赤。この上ない絶望と恐怖。
 彼女がアビシュメリナの底で見たという悪夢は、もしかしてこのことだったのだろうか。

「クレメンティアって音は、クレミーアに繋がるから。……兄様のこと、思い出したくなかったんだろうね。だからクレメンティアって呼ばれることを嫌がったんだ。もちろん、ファイエルジンガー家もなにも関係のない立場で聖職者として生きたいっていうのも、当然あったんだろうけど」
「だったら、なぜライナと呼んでやらない? そこまで分かっているなら、どうして……」

 これほどライナのことを思い、理解しているように見えるシルディが、どうしてそこまで頑なに「クレメンティア」と呼び続けるのか、シエラには疑問でしかない。わざわざ悪夢のような出来事を思い出させるような呼び方をするだなんて、シルディらしくないではないか。
 エルクディアも同じように感じていたのだろう。シエラの言葉に軽く頷き、シルディに伺うような視線を向けた。

「――えっと、どうして?」
「それは、ライナが傷つくからで……」
「あ、そっか、うん、そうだよね。それは分かるんだけど、ええと、でもね、シエラちゃん。さっき言ったよね。クレメンティアもライナも、一緒だけど違うんだって。どっちも同じあの子なんだけど、ちょこっと違うんだよ。あっ、ファイエルジンガー家長女じゃないと結婚できないから意味がないとか、そういうんじゃなくてね!」

 慌てて手を振り、シルディは困ったように笑った。

「僕はね――……」




 続く言葉に、シエラは感嘆の息を吐いていた。
 フェリクスが頬を掻き、どこか照れくさそうに窓の外を見ている。つと細められた目が愛しいものを見るようで、彼もまた、なにかを思い出しているような雰囲気だった。

「お話し中失礼、お邪魔するよ」 

 髪を結い上げた、意思の強そうな瞳を持つ女性が部屋に入ってきた。当然のようにレンツォが席を譲り、彼女もそこに座って飲みさしのカップに口をつける。
 一体誰かと問う前に、勝気な瞳に射抜かれた。それでも彼女はなにも言わない。まるで試されているようだった。シエラの一挙手一投足、一言をくまなく観察し、己の中で評価を下そうとしている――そんな雰囲気に、言葉は喉の奥で絡み合う。
 長い時間に感じた一瞬の間に、シルディが代わりに口を開いた。

「ミシェル姉様、こちらはアスラナからいらしたシエラ・ディサイヤ様と、騎士長のエルクディア・フェイルス様、そして同じく王都騎士団のフェリクス・ブラント様です。――それで、こちらがミシェラフィオール・ラティエ。僕の姉だよ」
「初めまして、ミシェラフィオールだ。長いからミシェルで結構。よそではホーリーの二の姫で通ってるはず。だよね、レンツォ?」
「そうですね。姫と呼ぶにはそろそろ抵抗を感じるお年頃ではありますが」
「あっははー、海に沈めんぞコラ」

 エルクディアが即座に礼を取り、フェリクスも声を上げて笑いながら頭を下げた。
 髪と瞳の色こそ似ているが、ミシェラフィオールの持つ雰囲気はシルディとは似ても似つかない。豪快な有様はフェリクスを思い起こさせるほどで、姫という言葉が似合わない人物でもあった。
 挨拶もなしにじっと見続けていたのが気に障ったのか、彼女はシエラの前にずいっと顔を近づけて顎をしゃくった。

「で、あんたは? シエラ・ディサイヤ、神の後継者サマ。それは知ってる。キレイな髪を見れば誰が見ても一目瞭然だし、いちいち名乗るまでもないね。でも、それでいいと思ってんの? ――ああ失礼、悪いけど丁寧な言葉遣い苦手なんだ。なんかむず痒いっていうか。もう崩しちゃっていい? ダメって言われても崩すけど」
「あ……、わ、私は、」
「ね、姉様、あんまり脅かさないで下さい。シエラちゃんがびっくりしてますから」

 そこでやっと椅子に腰を落ち着けたミシェラフィオールに、なんとか名乗って会釈をすると、彼女は満足げに笑って様々なことを語り始めた。
 シルディとは腹違いの姉弟で、母親はベラリオと同じだということ。城を空けたレンツォの代わりに、ロルケイト城を守っていたということ。――そして、シルディを救出するきっかけとなったリオンに、連絡を取っていたということ。

「ほんっと馬鹿な弟が世話かけたね。ホーテン兄貴も、なんでこの男が味方についたなんて思ったのか。どう考えても懐柔できないだろうに」

 なんてことのないように言うが、ふとあることに気がついてシエラは戦慄した。
 当たり前のことだ。目の前にあった事実なのに、どうして今まで深く考えなかったのか。
 シルディもミシェラフィオールも、血の繋がった兄弟を亡くしたのだ。知らぬところで、あるいは目の前で。それを覚悟の上で、彼らは動いていた。親族の死を想定して進むとは、どんな気持ちだったのだろう。
 今は亡き姉の姿がよみがえる。苦しくて、悲しくて、怖くて。自分のせいだと責め続けた毎日。
 それでも彼らは、穏やかに笑っている。
 情が薄いのか。それとも、シエラ達には見せまいとしているだけなのか。


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