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「あとはお前だけだ。答えろ、奴らはどこへ行った」
「……剣をお納め下さい。クレメンティア様の元へ、ご案内致します」

 怪訝な眼差しが三人分突き刺さる。脈打つ血管に刃を押し付けられ、怯みそうになりながらもグイードは気丈に振る舞った。

「籠の鳥が羽ばたきしとき、すべてを彼らの望むままに。――それが、あの方のご命令です」


+ + +



 ――バケモノ。
 そう笑う声が、今も耳の奥に響いている。


+ + +



「ふぅん……、こんなにもいたっけ」

 戴冠の間にずらりと並んだ重鎮達の姿に、ホーテンは思わずそう呟いていた。一回り大きな体躯の兵士が斜め後ろに控え、静かに俯いている。その反対側にはファウストが控えていた。
 玉座となる豪奢な椅子の前には階段があり、降りた先には深紅の絨毯の両脇にホーリーの頭脳と呼ばれる面々が粛々とした面持ちで控えていた。その中に、父王の右腕と呼ばれた大臣の姿はない。
 それは当然だ。この場にはホーテンの息のかかった者しかいない。ベラリオ派の人間も、シルディ派の人間も、地位と報酬を約束して取り込んだ者達ばかりがこの場に集まっている。
 ヴォーツ兵団の将軍が、隣にいる紋章官の肩を叩いて笑っていた。老いた議員達が老獪な笑みを浮かべ、ホーテンの腕の中で気を失っているクレメンティアを見つめている。

「じきに大神官が参ります。しばしお待ちを」

 目の前の台座の上には、父王の頭を飾っていた王冠と聖水、ホーリーブルーと称される青い石を填め込んだ短剣が並べられていた。
 高い天井からぶらさがったシャンデリアが揺れ、蝋燭の炎がステンドグラスに反射して戴冠の間を明るく照らす。
 脇に控えた男に、ホーテンは笑顔で話しかけた。

「ねえ、レンツォ。シルディの処刑の日なんだけど、どうしようか? 一応、ぼく達の式は喪に服す形で先延ばしでしょう? 早めにしちゃってもいいんだけど、どうせなら合わせた方がいいよねえ」
「結婚式と処刑を同日に執り行うのは、悪趣味としか言えませんが」
「ふふっ。……やっぱり、つらい?」

 純白のドレスの上から華奢な体を抱き締めれば、ふわりと甘い香りが漂った。

「いいえ」
「あはっ、本当にひどい男。うん、でも、いいよねえ。そういうところ、大好きだよ」

 戴冠式を行うのに必要な重鎮はすべてこの場に揃っている。誰もがホーテンを次期王にと望んだ。無論、すべての重要人物を手中に収めたわけではない。父王に心からの忠を尽くしている者に手を出せば怪しまれる。
 だからこそ、ホーテンは待った。自らに忠を尽くす者が、それに見合う役になるのを。
 そして、その者達が新たに周りを取り込むのを。
 父王が死んで、その死に疑問を抱く者もいるだろう。シルディの犯行ではないと主張する者とて存在する。だが、こちらにはこの男が――レンツォ・ウィズがいる。父王の信頼を得、若くして中央に上り詰め、けれども頑なに末弟の傍らに控え続けたこの男が。
 彼が一言、裏切ったのではなく見限ったのだと言えば、シルディの行いは途端に真実味を増す。どれほど穴だらけだろうと、思い込みとレンツォの手腕が穴を埋めてくれるだろう。
 それに、平和ボケしたこの国に、レンツォに敵う者がいるとは思えない。ホーテンは最適な手駒と、最高の切り札を手に入れたのだ。十年前に声をかけた男が、今やっと自分の手元に戻ってきた。
 そして父王は死に、継承権を持つ弟達は消えた。――もう、誰も口を出せない現実を作り上げた。

「これから、どうなさるおつもりですか?」
「どうって? ああ、ええと、そうだね。まずは……そうだ、掃除しなくちゃ」
「掃除、ですか」
「うん。ジューノ長官とかその辺り、もういらないでしょ? それからアスラナとの同盟破棄、これは簡単だよね。だって向こうが悪いんだもの。ついでに賠償金も貰っちゃおうよ。将軍達をテティスに集めて軍議を執り行う必要があるし、それから……あ、そうだ。エルガートの土地も少し貸してもらおうか」
「…………“それ”を人質に?」

 クレメンティアは、エルガートに大きな影響を与える家の生まれだ。公爵家が治めている領土も国にとって重要な場所に位置し、兵力の高さも注目されている。

「人聞きの悪いこと言わないでよ。クレミーアはぼくのお嫁さんになるんだもの。そうしたら、クレミーアの家はぼくの家も同然でしょう? ホーリーの王様とエルガートの公爵じゃあ、王様の方が偉いに決まってる。それに、エルガートはプルーアスやベスティアに攻められたら、勝てるわけないもの」
「娘を人質に取ったあげく、堂々と脅しますか。素晴らしい性格ですね。……道化のような物言いの割には、おぞましいことを考えておられる」
「でもぼくは君みたいに頭が回るわけじゃないから、有能な参謀が必要なんだ。だからね、レンツォ。君が味方してくれて、本当に嬉しいよ」
「ご冗談を。……ご即位の前に、一つ質問が」
「なぁに?」

 静々と入室してきた大神官の姿に、重役達がざわめいた。白い頭巾が頭を覆い、顔は当て布が隠している。ゆっくりと深紅の絨毯を進み、大神官は台座の前に跪いた。

「あの魔物、どこから仕入れたんですか?」
「――ナイショ。でもね、この国にとって、きっと有益な相手だよ。ホーリーはもっと世界に羽ばたくべきだ。いつまでもアスラナの下で縮こまっていられない。父様は保守的過ぎた。魔物はね、特別な存在なんかじゃないんだよ。もーっと怖いものがいっぱいいるんだから」

 ホーテンの視線がファウストへ移る。
 夜空に似た瞳が静かに伏せられた。


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