24 [ 336/682 ]

+ + +



 神はいずこに。
 祈りはどこにある。

 神はそこに。
 祈りは我らと共にある。

 まことか。
 まことだ。

 なればなにゆえ、神は慈悲を与えぬ。


+ + +



 そこにいたのはまぎれもなく女神であった。
 血や体液に濡れ、魔鳥の禍々しい羽根を飾っていても、蒼い髪をなびかせて白と赤の炎を操るその姿は、あまりにも美しすぎた。神話が紡ぐ神の後継者の存在。千年に一度現れ出でる、人でありながら神の子の定めを持った人物。
 風もないのに髪が揺れている。青白い光が彼女の全身をうっすらと包み、なにかが凍りつくような気配が水の間全体に広がっていく。

「くっ……」

 グイードは己を守るように肩肘を掴み、その光景を目に焼き付けていた。
 巨大な魔鳥がおぞましい悲鳴を上げて炎に焼かれ、爛れた肉片を灰に変えながらのた打ち回っている。最後の足掻きで鋼鉄のような羽根を飛ばしてくるので、それを必死に避けなければならなかった。
 跳ね上がる心臓が痛い。一部始終を見ていたグイードは、さっさと退室したルチア達を恨まずにはいられなかった。これはあまりにも――。
 喧騒が止み、切れ切れになった断末魔が消える頃、神の後継者はその場に崩れ落ちた。赤く染まった水が服に染み込んでいく。
 巨大な鳥籠の中には、子供がしまい忘れたボールのように、首が二つ転がり落ちていた。それが足に当たっても気にした風もなく、アスラナの騎士長が駆け寄っていく。「シエラ!」深緑の瞳に、先ほど垣間見えた狂気はない。
 ――あまりにも、恐ろしかった。
 それまでエルクディアは魔気に呑まれた兵士達を殺すことを迷っていたようだったのに、シエラが声高に叫んだ瞬間、彼は纏う雰囲気を一変させた。剣先が揺れず、ただ静かに、重心を下げて彼は呼吸を整えていた。二人の兵士が剣を振り上げた瞬間、彼は迷いなく斜めに剣を滑らせた。赤が滲み、悲鳴が漏れ、首が落ちる。噴き上がる鮮血を背に、一瞬だけ見えた彼の双眸は恐ろしく冷たく、そしてぎらついていた。

「さぁってと、ここを出るその前に……」

 軽口を叩きながらも苦しげにクロードが息を吐き、シエラの手を掴んで己の腹に当てた。

「ごめんね、お嬢さん。この傷、治してくれる?」

 ふらつくシエラが治癒の神言を唱えると、クロードの傷口はあっという間に癒えて塞がった。魔物に受けた傷は神官の法術で癒すことができると聞いていたが、まさかここまでとは。
 鳥籠の中でシエラを抱きかかえたエルクディアが、殺気に満ちた目で睨みつけてくる。グイードは役目を果たすべく飛び石に足をかけたが、それを遮るようにクロードが声を張った。

「シャマ、<すべてを呑み込む炎で無へ還せ>」

 振り払うような手の動きに合わせて灼熱の猛火が放たれ、あまりの熱気にグイードは両腕で顔を庇った。恐る恐る顔の前から腕をどかすと、どろりと水のように溶けた鉄がぽたぽたと床にしたたり落ちている。
 特殊な鉄を使って作られた頑丈な鳥籠には、人が余裕でくぐり抜けられる穴がぽっかりと口を開けてそこにあった。唖然とするグイードの体を、強い衝撃が襲う。したたかに打ち付けた背中の骨が軋み、圧迫された喉元が呼吸を妨げる。
 いつのまにか眼前に迫っていたエルクディアの新緑の瞳が、冷えきったまま見下ろしてくる。



[*prev] [next#]
しおりを挟む


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -