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「騎士長さん。君の存在意義はなに?」

 クロードのレイピアが踊り、標的を変えて剣を振り上げた男の胸を一突きする。細い銀の刃が、屈強な男の背から生えていた。苦しげな呻き声が漏れる。男を蹴り飛ばしてレイピアを抜き、クロードは神言を短く紡いで法術を行使する。
 ばしゃっと音を立てて水の中に顔から突っ伏した男から、じわじわと赤い液体が広がってシエラの足元を染めた。

「っ……!」

 悲鳴はすんでのところで呑み込んだ。血ならばもうたくさん見た。誰かが命を失っていく瞬間も、この目で見たことがある。無理やり終わらされる命。もぎ取られていく寿命。
 その死神の鎌を持っているのが味方に変わっただけだ。ただ、それだけなのに。
 
「ッ、<聖鎖、聖縛、神速をもって、かの魔を追い捕えよ!>」

 怖い。
 足が震える。すぐそこに人が倒れている。胸を突かれた彼は、あと数分で命を落とすだろう。もしかしたら、すでに死んでいるのかもしれない。
 意識を追い払うように紡いだ神言は、光の帯となって魔鳥の足に絡みついた。「ギィエエエエエッ!!」甲高い鳴き声を上げた魔鳥に、クロードの神炎が襲いかかる。大きく暴れるたびに鳥籠の格子に翼があたり、禍々しい羽根が舞い落ちる。
 闇色に染まりかけた視界の隅で、エルクディアが青ざめながら剣を振るっていた。

「<すべての精霊に乞う、神聖なる結界で我らを守れ!>」

 ――知りなさい。お嬢さんは、世界をその目で見て感じるべきだ。

「<水霊よ――、>」

 もしも、自分が枷となっているのなら。

「<彼の者の動きを妨げる水の流れを、しばしとどめよ>」

 そんなことは、絶対に嫌だから。
 急所を捉えないエルクディアの背中を見つめ、シエラは囁くように神言を零した。白い頬を撫でていったのは水霊だろうか。エルクディアが歩を進めるたびに、つま先が水を割る。乾いた床を打つ軍靴が声を上げ、水の抵抗がなくなった足場に彼は目を瞠った。

「フシュッ、あっ、ァアアアアア! コロす、殺す、殺ス!」
「ワれら、ヴォーツが、兵シ! そのホコりにかけて!」

 疲弊し、足元をふらつかせたクロードが、神言の合間にちろりと舌を見せた。「うーん、やっぱり水霊とは相性悪いね」シエラの神言はクロードも対象にしていたはずなのに、彼の足には変わらず水が纏わりついている。
 魔鳥の酸を神聖結界で阻みつつ、シエラは大きく息を吸った。

「王都騎士団総隊長、エルクディア・フェイルス! お前は、私の騎士だろう! だったら、私を守れっ!!」

 視線は魔鳥をしかと見据え、ともすれば震えそうになるのを大声で誤魔化した。握り締めたロザリオを繋ぐ鎖が、チャリチャリと鳴いている。
 髪を隠す頭巾など、いつの間にか取れてしまっていた。空の色でも海の色でもない蒼い髪を背に払い、しゃんと背筋を伸ばしてロザリオを突き出す。耳に、強く靴音が響いた。

「<清めよ、神の息吹にいざなわれ! 与えよ、清澄なる嘔の応えを! ――聖なる水よ、魔を取り込めっ!>」

 ザァっと轟音を伴って水が浮く。意思を持って動くそれは両の翼を形作り、一瞬のうちに羽ばたく動作で魔鳥を絡め取った。「グッ、ウガッ、ギュエアアアアアアアアッ!」急な力の放出はシエラの体力を一気に削り取るが、そうまでしても祓魔には至らない。力が足りない。まだ、足りない。
 翼を封じられてもんどりうつ魔鳥が、刃のように鋭い羽根を闇雲に放つ。そのうちの一つがクロードの脇腹を抉り、聖血を滴らせる。
 「クロード!」叫びかけた名前を、断末魔が食い散らかした。地獄の底から聞こえてくるようなそれを追い、なにか重たいものが落ちる音が二つ、鼓膜を打つ。
 美しい水の間が、赤く、黒く、染まっていく。

「ぐっ……、はっ、あ、……お嬢さん。あと一回、大技使える?」

 ずきずきと頭が痛む。胸が痛い。今にも座り込んでしまいたいほど、体が重い。
 それでもシエラは頷いた。目は勝手に魔鳥を捉えて離さない。
 祈るように目を伏せ、クロードが紡ぐ神言を復唱した。


「<……神の炎に抱かれて眠れ。――聖火葬送(セイクリッド・クリメイション)>」



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