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 ギィェエエェエエエエエエエエッ!
 鼓膜をびりびりと震わせる奇怪な鳴き声は、船の上で聞いたものと酷似している。開いた天井から現れたのは、黒や赤、茶色を混ぜたような色の羽を持つ大きな魔鳥だった。それが鳥籠の中に降りてくると、貝のように開いていた上部が勢いよく口を閉じる。
 円形の鳥籠は、シエラが両腕を伸ばしても八人は余裕で手を繋げるだろう直径だった。禍々しい魔鳥の大きさは、頭から尾までがちょうどエルクディア二人分ほどなので、翼を広げた状態でも僅かに余裕がある。宙に留まる姿は威圧的で、抜け落ちる羽根が毒々しい臭気を放っている。鳥の腹からは獅子の足や狼の尾が飛び出し、赤黒い斑点の散った巨大な嘴からはぼたぼたとどす黒い唾液が零れ落ちていた。
 魔鳥がシエラ達の前に降り立ったそのとき、背から数人の人影が滑り落ちてきた。ヴォーツ兵団の軍服を纏った屈強な男が三人、目を虚ろにさせて剣を抜く。

「魔気にあてられてるね……。というかこんな大きな魔物、どうやって魔気も漏らさず管理してたんだかっ! <神の御許に誓い奉る、盟約者は聖血を授かりしクロード・ラフォン! この世に宿る霊に乞う! そこに在りて姿を見せず、なれど集まりて大火となる火霊達よ、悪しきを縛りて焼き尽くせ――イグニート・ウェブ!>」

 クロードが早口で全呪文を詠唱し終わると、魔鳥に向かって炎の網が放たれた。燃え盛る網は魔鳥の全身を覆うほどに巨大だったが、力強い羽ばたきによって直前で掻き消える。
 警戒した魔鳥が再び宙に浮かぶと、妙にぎらつく瞳を携えた男達が一斉に駆け出してきた。

「楽しいショーの始まり始まり〜! ねぇグイード、どっちが勝つとおも――」
「危ないっ!」
「きゃああああっ!」

 ルチアを抱きすくめて庇ったグイードの肩に、目を瞠る速さでテュールが爪を立てた。傷は浅いが、服を切り裂き、三本の赤い線をきっちりと刻む姿は幼竜とはいえ猛獣を思わせる。

「……ルチア、怒ったからね」
「ルチア様、なにを……ッ!」

 魔鳥の一撃を避けて鉄格子に張り付いたシエラは、その光景から思わず目を背けた。
 ルチアの小さな舌が、グイードの肩を這う。血を舐めとり、唇を真っ赤に染めた彼女は手のひらに舌を擦りつけ、唾液と血液を混ぜ合わせたものを水路に浸した。

「ほーじゅつで毒消しできると思った? でもねでもね、空気や水はキレイにできてもぉ、“ルチア”はできないよねぇ!」
「グゥアッ!」
「テュール!?」

 突如、テュールが口の端から泡を吐いて失墜した。すぐに羽ばたいてルチアから距離を取ろうとするが、小さな体は瀕死の虫のようにふらふらとしていて頼りない。

「ふんっだ! ルチアはねーえ、対ドラゴン用の麻痺毒だって作れちゃうんだよぉ? ルチアの力、舐めないでよねっ」

 「それじゃあ、あとはグイードに任せるねぇ」けらけらと笑ってルチアは部屋を後にした。水の間の隅でグイードが鳥籠を見つめている。
 凄まじい魔気と鳴き声に、シエラは無理やりにでも意識をそちらに集中させなければならなかった。

「対ドラゴン用の麻痺毒まで体内で生成できるとはね。ははっ、確かにあの子は“化け物”だ」
「毒を、体内で……?」
「でも人間だよ。あの子は聖職者でもなければ魔導師でも魔女でもない。ましてやこーんな魔物でもなく、……ただの、人間だ」
「だが、ただの人間がそんな……」
「異能者っていうのかな? ま、今はとりあえずこっちに集中しようか! 時渡りの竜なら大丈夫、あそこにいる限りは死なないよ」

 飛び石の上に横たわって尻尾を丸め、テュールは荒い呼吸を繰り返している。部屋の隅でじっとこちらを見つめるグイードが幼竜を手にかける様子はなく、クロードの言葉を信用しても大丈夫そうだ。

「ふっ、シャ……、ぁアああああああァア!!」
「くそっ!」

 我を失った様子の男達が一斉にエルクディアに斬りかかる。足を取られる水の間では圧倒的に不利だ。
 それでも引けを取らない動きができるのは、アスラナ王都騎士団総隊長の肩書きが誇示する実力だろうか。

「騎士長さん! その三人は完全に魔気に呑まれてる。どうせ正気には返らない、このお嬢さんを死なせたくないなら殺した方がいいよ」

 大きな羽ばたきが重なったにも関わらず、クロードの言葉ははっきりと響いた。シエラが言葉の意味に気がつくまでの数旬の間にも、炎の球がいくつも重なって魔鳥を狙い撃つ。栗の表皮にも似たマルーンの瞳は、魔鳥だけを追っていた。じわりと滲んだ汗が、彼のこめかみを伝っている。
 殺した方がいいよ。なんてことないように言ってのけた言葉は、あまりにも重い。
 シエラは神言を紡ぐことも忘れ、エルクディアを見た。
 剣先が迷うように鈍いのは、ルチアに与えられた毒のせいか、それとも――。



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