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やがて、エルクディアと同じ軍服を着た男が塞ぐようにして扉の両脇に立っているのが見えてきた。
この城の中では別段珍しくはない光景だが、ここに来るまでの扉の前にいたのは、甲冑を纏った兵士だった。
おそらく、この男達は騎士なのだろう。
「シエラ・ディサイヤ様、ライナ・メイデン様、お待ちしておりました」
騎士は礼を取り、重々しい取っ手を引いた。
部屋に入った途端、中に待機していたらしい女官がろうそくに灯りを灯す。薄暗い印象から一変し、明るく照らされた室内にシエラは呆れにも似た印象を抱いた。
村では夜になれば暗いのが当たり前で、ろうそくの灯りは勿体ないからといって特別な日以外にはすぐに消されていた。
それでも月や星明りで視界は不自由しなかったのだ。
「さてシエラ、最終確認といきましょうか。とりあえず、大体は陛下に合わせてついていって下されば大丈夫です。陛下からご紹介に預かりましたら、中央の祭壇で聖水を。そのあとはさっきお教えした挨拶などをして、ひとまず終わり――ですね」
通された部屋は、控え室というだけあって大きな姿見と着替え用の衝立がいたるところに設置されていた。
置かれていた手鏡は、それ一つだけで庶民が十年は楽に暮らしていけるだろう金の装飾が施されていた。だが生憎シエラにはその価値が分からないので、無造作にぽんと放り投げるように台へ戻す。
ろうそくの灯りを弾き返した金縁に、彼女は眉根を寄せた。
長椅子に腰掛ければ、ライナが嬉々としてシエラの髪を弄りだす。いつの間にやら耳元にかかっていた髪は後ろに編み込まれ、随分とすっきりとした髪形になっていた。
心なしか小さな音まで拾えるようになった気がする。
「もう少ししたら、陛下と一緒に大広間へと…………エ、エルクっ!?」
ライナの手から真珠の髪飾りが零れ落ちた。かしゃん、という軽い音がやけに響き、彼女の驚きに震える声が窓の外へ向けられる。
大きな窓の向こうに揺れた人影は、室内の灯りに照らされてぼんやりとその輪郭を浮かび上がらせていた。
バルコニーに降り立っていたのは、王都騎士団において総隊長を担うエルクディアその人だった。
彼は信じられないと呆れるライナを見て困ったようにはにかみ、そっと窓を引き開ける。
途端に夜風が流れ込み、部屋のろうそくの炎をゆらゆらと揺らした。
「エルク、貴方どうして窓から? ここが何階なのか分かっているんですか? ――それより、地下にいたはずでは?」
「そんなに一気に質問されても……まあ、うん。ちょっと色々あってな。まだ時間はあるか?」
エルクディアの胸元から引っ張り出された懐中時計を見て、ライナがほんの少し考えるそぶりを見せた。
そして小さく頷き、今しがた彼が侵入してきた窓を閉める。それとほぼ同時に、シエラはエルクディアがなにかを持っていることに気がついた。
ろうそくの炎だけではそれがなんであるかはよく分からないが、布のようなものだろう。さほど大きいものでもなさそうだ。
まじまじと観察していたシエラにエルクディアは歩み寄ると、そっとそのなにかを持たせた。
手のひらに伝わる感触と重みから、それがただの布ではなく、衣服だということが分かる。しかし今更服を渡されてもどうすればよいのかてんで理解できないシエラは、目を白黒させるばかりだった。
「今のそれも、似合ってるけど」
夜を溶かしたドレスは、シエラの持つ美をさらに引き立てる。
ならば、と彼は考えた。
「――それも多分、似合うと思うよ。ユーリにはもう話もつけてあるし、さっき神官長にも言ってきたから着替えても大丈夫だ。……あ、もちろんドレスがいいならそのままでもいいんだぞ」
昼間に会ったシエラは、どことなく動きづらそうに見えた。
やたらと裾を気にして、慣れないヒールでたたらを踏んでいたのも一度や二度ではない。
見たところ、貴族の娘が好むような服装には興味がなさそうだし、なによりリーディング村での彼女の格好を思い出せば、ひらひらしたものとは無縁のようであった。
これから彼女が聖職者としてどのような格好をするのかと考えたところ、思い浮かんだのは他の女性聖職者が好んで纏う純白の聖女着だった。
しかしそれをシエラが好むとは思えなかった。そこでエルクディアは、彼女がライナと聖水作りに励んでいる最中、この国の最高権力者のもとへと走ったのである。
そして得たのが、今彼女が広げているものだ。
「これは……神父服?」
「ああ。動きやすいし退魔の糸が織り込んであるから、魔物と対峙しても多少は安全だろ? 大きさはユーリに任せたから大丈夫だとは思うけど――」
「着替えてくる」
そう言って衝立の向こうに消えたシエラが再び彼らの前に現れたとき、ライナは驚いて目を丸くさせ、エルクディアは感歎の息をついた。
そしてどちらともなく、口元を綻ばす。
「それじゃあ行こうか、シエラ」