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 部屋に溢れた青い光に、荒く肩で息をしていたシエラが金の双眸を何度も瞬かせた。
 空とも海ともつかない絶妙な色合いの蒼い髪に、すべらかな陶磁の肌。
 珊瑚を薔薇で色濃く染めたような唇は薄く開かれ、小さな顔を左右に分ける鼻梁はすっと通っているとくれば、彼女の容貌がどれほどのものか分かるだろう。
 誰が見ても彼女は美しかった。
 ただ残念ながら、全体的に細身のため目立った凹凸はない。
 白魚の指先を銀の盆へ浸していた彼女は、隣に立ち尽くすライナの声ではっとした。

「おめでとうございます、シエラ。成功ですよ、成功しました! よく頑張りましたね」
「……これ、でいいのか?」
「はい。初めてにしては上出来すぎるくらい上出来ですよ。――ああでも、披露会までもう時間がありませんね。シエラ、今の感覚を忘れずに。……皆さんをあっと言わせてみせましょうね」

 そう言って悪戯っぽく笑ったライナは、腰のポーチから空の小瓶を取り出して、今しがたシエラが浄化したばかりの聖水の中へと沈めた。
 ぷくぷくと気泡の弾ける音と一緒に、瓶の中が満たされていく。満杯になったところで蓋をし、そのまま慣れた手つきでライナがポーチへ仕舞うのを眺めていたシエラは、内心驚いていた。
 そんな様子などおくびにも出さないが、ほんの一瞬動いた眉がなによりの証拠である。
 ほんの僅かな静寂が、その場の空気の変化を感じさせた。
 ――神の後継者だといえども、素人が作った聖水を躊躇いもなく“仕事用”として所持してもいいのだろうか。
 もしも不備があれば、それはライナ自身を危険にさらすことになる。だのに嬉しそうにシエラの聖水を瓶に移した彼女を見ていると、否応なく信用されているのだということを突きつけられるのだ。
 今の自分には、寄せられた信用に返せるだけの力もなければ、返そうという気もない。だからこそ面倒だと思うのに、反駁するかのように胸の奥でことりと音が鳴る。
 その音が「嬉しい」という名の感情だと、このときのシエラはまだ気づけなかった。

「どうしました? 疲れてしまいましたか?」

 もう日はほとんど落ち、藍に移り変わる空を太陽が赤々と染め上げていた。城内城下を問わず、王都クラウディオ全体がさんざめいているのが分かる。
 時折楽士達の音合わせの音色が耳を掠め、次々と出来上がっていく料理の食欲をそそる香りが予告状のように人々に届けられた。
 女官達は遠方からやって来た貴族の接待に忙しいのか、小走りで――それでも優雅に――駆け回る姿がひっきりなしに目に映った。
 開け放たれた扉の向こう、一人の年若い女官が深々と礼をして、しずしずと部屋に足を踏み入れる。

「シエラ様、ライナ神官。そろそろ控えの間にお越し下さいますよう、お願い申し上げます」
「はい、分かりました。すぐに向かいますね。……あ、エルクを見ませんでしたか?」
「フェイルス総隊長様ですか?」

 おそらくシエラやライナよりも年下であろう彼女は、ぽっと頬を染めて視線を持ち上げる。
 何度か思い返すように瞬いたのち、心底申し訳なさそうに俯いた。

「申し訳ございません。わたくしは一度もお見かけしておりません。……ですが、他の女官が確か地下貯蔵庫(ワインセラー)付近でお声を聞いたと言っておりました」
「……地下貯蔵庫で、ですか」

 ライナが苦笑を漏らす。礼を言って彼女を下がらせたあと、ライナはシエラの髪を手櫛で整えながら、独り言のように呟いた。

「まったく……この忙しいときにあの陛下は性懲りもなくっ」
「……探しているのはエルクディアではないのか? なぜ国王を?」
「そのうち嫌でも分かるようになりますが、エルクは逃亡した陛下を探しに行ったんですよ。“お声”というのも、十中八九怒声ですね。厄介なのが、二人ともなにをやっても品位を欠かない程度に自制しているので、詳しく事情を知らない者から見れば、なにをしていてもいいようにしかとられません」

 ユーリの「逃亡」は「視察のための散策」に。エルクディアの「怒声」は「雄雄しいお声」と認識されている。
 実際は悪態垂れ流し状態で城内を駆けずり回っていても、大半の人間には「真剣に見回りをなさるエルクディア様」の図が完成する。
 ある意味で得な性質を持つ二人だが、見る者が見れば頭を抱えたくなる光景だ。
 ライナに促されるまま部屋を出て、人々が行き交う廊下を颯爽と進む。
 階下から昇るようにして貴族らの華やかな声が耳に届いた。目ざとくシエラの姿を見つけた者は、ぐっと首を持ち上げて周りの者とひそひそ話し合っている。
 肌に感じるのは突き刺さるような奇異の眼差し。予想していなかったわけではないが、ここまであからさまだと気分も悪くなるというものだ。

 ――ここは村ではない。

 心のどこかで距離を取っていたとしても、リーディング村では誰もがシエラを受け入れていた。
 けれど、ここは。

(……別に、分かっていたことだ)

 頭では理解している。己がどのようなものとして見られるのかを。
 たとえ誰がどのようにシエラを見ようと、シエラ・ディサイヤという存在に変わりがないということも。
 物好きな奴らめ、と口の中でそっと呟いてシエラはライナの後を追った。途中螺旋階段を上り、静けさを増す奥の方へと入っていく。
 次第にひと気も少なくなり、吹き抜けの構造から外れたおかげで不躾な視線を浴びることもなくなった。



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