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「ふっふーんだ! そんなことしてもぉ、意味ないんだからねっ」

 「にーさま離れて!」強く叫ぶと同時に、ルチアが手を浸していた水路からなにかを引き上げた。ガコンっと音が響き、鎖を巻き取る重たい金属音が室内全体に響く。ファウストが一足飛びに後ろに跳躍し、エルクディアは感情に任せて踏み込んだ一歩を勘の訴えるままに引き戻した。
 凄まじい音を立てて頭上の大きな鳥籠が落下し、轟音と水飛沫を高らかに上げてエルクディア達を取り囲む。太い鎖が床を蛇のように這い、鳥籠の上部は貝のように口を半開きにさせていた。

「ふうん……、初めて使ったけどぉ、イイ感じ?」
「――ほんとだ。キレイだねぇ」

 貴金属の揺れる音を響かせながら現れた人影に、シエラが限界まで目を見開いた。
 金糸銀糸が惜しげもなく織り込まれた豪奢な衣装、首や指を飾る大ぶりの宝石、ゆったりと波打つ金茶の髪。柔和な顔立ちには覚えがある。

「お前っ、セルセラ!? なんでここに――っ!? ライナ!」

 着飾った男の腕の中に、ぐったりと横たわる少女が抱かれている。裾の広がったドレスを纏い、普段とは異なる恰好をしているが、それはライナに間違いがなかった。鳥籠の格子を両手で強く握り、シエラが吠える。

「ライナ! 無事かっ、ライナ!!」
「……あれ? そっちの二人はあんまり驚いてないねぇ。どうして? ……あ、もしかして、気づいててあのときぼくを逃がしたの?」
「気づいて……? どういうことだっ、エルク!」

 怒りに染まったシエラの瞳が強く睨み上げてくる。
 彼女を下がらせたクロードが、鉄格子の強度を確かめるように叩いた。

「確信はなかったけれど、それに近いものはあった。だって、そうでなければ出来すぎでしょう。すべては思い通りに進みましたか?」
「ふふっ、なぁんだ、そうだったの。じゃあ弟のところへ行ったのもわざと? なんでそんな危険な真似、したの?」

 クロードは答えない。ただ静かに微笑むだけだ。

「まあいっか。そっちにとっても、ベラリオは邪魔だったってことかなぁ。それで? どうやってぼくの動きを見ていたの? テティスかタルネットか、選ぶ決め手は? ――うわっ!」
「それだ。時渡りの竜が持つ宝珠」
「……なるほどね」

 半開きになっていた上部の蓋から鳥籠を抜け出したテュールが、弾丸のように男の胸元に飛び込んでなにかを引きちぎった。きらきらと輝く宝珠は、アビシュメリナの海底遺跡で手に入れたものだ。そういえば幼竜の首から存在が消えていたことに思い当たり、シエラはあっと声を上げた。
 ツウィ行きの船の中、クロードの提案でテュールの宝珠をセルセラの懐にひっそりと忍ばせていたのだ。導き出される展開の予測と、宝珠が発する力の気配を重ね合わせて、王都にホーテン・ラティエがいると確信した。
 セルセラがホーテンであるという決定的な証拠はそのときにはなかったが、あの状況が偶然というには出来すぎていた。「ある意味賭けだったけどね」とクロードは零し、戻ってきたテュールの首に宝珠をかけてやった。

「なんで、セルセラが……」
「あはっ、かわいいね。まだよく分かってないの? ちゃんと話してあげたのに、ぼくのクレミーアがもうすぐお嫁さんになるって」
「クレミーア……まさか、ライナのことか!?」
「ああそっか、君達にはライナなんだね。でもね、ぼくのかわいいクレミーアは、クレミーアなんだよ。クレミーアはね、ぼくのお嫁さんなんだ。――だから、君達は邪魔なんだよ」

 目だけが冷え切った表情で笑い、ホーテンは気を失ったライナの額に口づける。「離せっ!」シエラが叫ぶが、鳥籠はびくともしない。ホーテンはライナを抱いたまま飛び石を渡り、剣の届かないぎりぎりの位置まで近づくとエルクディアに視線を合わせ、子供のように首を傾げた。

「ねえ、弟はどんな抱き方をするの?」
「ッ、貴様ァアアア!」

 目の前が怒りで赤く染まった。肩から鉄格子にぶつかり、剣を突き出すが切っ先は虚しく空を切るのみで、足元で跳ね飛んだ水の飛沫がシエラの腰を濡らす。
 殺したい。私欲だけで明確な殺意を持って対峙することは稀だった。人を殺したいという欲求がこれほどまでに体を支配するとは、今まで知らなかった。
 檻を破ろうと鉄格子を斬りつけるが、甲高い金属音が響くだけで傷一つ入らない。剛力を持つフェリクスならば、鉄さえ斬れたのだろうか。あるいは、オーギュストならば。

「ふふふっ、あははははっ! うん、とってもかわいい。クレミーアも気に入るわけだね」
「――ホーテン様、お戯れはそれくらいに。式の準備が整いました。遊んでないでとっととお戻り下さい」
「あ、レンツォ」

 ホーテンとルチアの声が綺麗に重なる。いけ好かない文官は、鳥籠に捕えられたシエラ達を一瞥しただけでなにも言わなかった。
 シルディに付き従っていた男がここにいる理由など、想像するだに容易い。

「お前っ、シルディを裏切ったのか! 答えろ、レンツォ・ウィズ!」
「ルチア、お前は残って最後の仕上げをなさい。グイードもそれに従うように。ファウストは共に戴冠の間へ。……ホーテン様、“それ”、お預かりしましょうか」
「ううん、大丈夫。クレミーアはもうぼくのものだから、ぼくがずうっと抱いておくよ。あ、ねえ、後継者さま。最後に教えてあげる。ぼくとクレミーアはね、正式に結婚するんだよ。昔からそういう決まりだったんだ。クレミーアもそれを望んでる。だから、邪魔をしないで?」

 レンツォはシエラの言葉など端から聞こうとはしなかった。
 踵を返したホーテンが軽く手を振って合図すると、地響きが広がり、天井の石がゆっくりと開いていく。いったいどういう仕組みになっているのかと考える間もなく、シエラの肩が跳ねた。クロードがすぐさまレイピアを構える。

「それじゃあね。どうか、ぼく達の幸せを祝福して」

 優雅な仕草で手を振ったホーテンの声を掻き消すように、不気味な鳴き声が落ちてきた。



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