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 聖職者狩りのために修練を積んだ者達が一緒にいたとしても、戦闘能力そのものはアスラナの騎士長に劣るだろう。最新鋭のあの武器を使ったというなら話は分かる。だが、本当にそれだけで彼らが容易く捕まるだろうか。
 にやにやと笑みを浮かべるベラリオの胸に頬を寄せつつ、ファウストは小首を傾げた。
 暗い赤紫の髪がベラリオの指に掬われる。もう片方の手で、彼は傍らに立てかけていた長剣を取った。アスラナの騎士長が腰に佩いてあったものだ。真っ赤な紅玉がきらりと光る。

「アスラナもなんでまた、シルディを通じてウチと仲良くなろうとしたんだか」
「騎士長はどうなさるおつもりですか」
「あ? なんか今揉めてんだろ? それに使えんなら使うし、無理なら……そだなー、もうちっとオモチャにすっか。んで、アスラナに使いモンになんなくなった竜騎士サマ送り返しても面白そうだよなぁ!」

 第三王子が揉め事に巻き込まれた――あるいはそれを起こした張本人――ということは、ベラリオの耳にも届いている。それと大国からの客人はなにか関係があるのだろうか。
 くるくる頭の腹違いの弟に関しては無能だ無能だと思っていたが、どうやら認識を改めた方がいいらしい。

「シルディねぇ……」
「気になりますか」
「アイツの母親がホンモンだっつのを考えりゃ、少しはなぁ」

 ホーリーに生まれた三人の王子は、それぞれ母親が異なっている。
 第一王子のホーテンの母は三番目の妻で、元は王の衣服を仕立てる針仕事専門の侍女だった。職人の娘だった彼女は腕を買われて城に上がり、そして見初められて王の妻となった。
 第二王子であるベラリオの母は、貴族の出だった。正式な申し入れから婚姻関係を結び、母は第二夫人の立場で王に嫁いできた。地位も矜持も高く、美貌も兼ね備えていた母だったが、甘やかされて育ってきたせいか学はなく、刺繍もできない人だった。
 そして、第三王子シルディの母が王の正妃であった。正妃は穏やかな気性で、使用人達にも優しい言葉をかける姿が印象的な人だ。王の傍らでいつも微笑んでいる。ホーテンやベラリオが幼い時分にも声をかけ、甘い菓子を与えてくれたことを記憶の端で覚えていた。
 だからこそ問題だった。王は確かに二人の妾妃を迎えたが、片や家同士の繋がりを重視した形式だけのもので、片や心を惹かれあった結果ゆえのものだった。
 マルセル王は正妃を溺愛している。その事実がさらに重なって、形式だけの第二夫人は怒り狂った。

「ま、このままシルディが問題起こしゃ、正妃にもなんかあんだろ。そうなりゃババアも大喜びだ」

 どうして一番に生まれなかったの。
 どうしてあのはした女が一番に子を授かるの。
 どうしてあんな女があの人の隣にいるの。

「……ただでさえ物騒なこと考えるババアだ。案外、その揉め事ってのもババアが仕組んだことなのかもな」

 上からの重圧は、反発の鍵となるに十分すぎた。幼い頃から机に向かって本を開くなど、拷問に近しい行為だった。母はそれを鬼神のように叱りつけてきたが、ベラリオは代わりに剣を取ることを選んだ。学など必要ない。武力がある。兵士らと共に剣を振るうことはとても楽しかった。
 弱い者が傷つき、強い者が屈服するその瞬間が、なによりも快楽を与えた。

「ダフネ妃殿下におかれましては、ベラリオさまのご即位をひどく望まれているご様子」
「ひゃはっ、まーなー。俺が即位しねぇと、殺されんだろうなぁ。――そんときゃ返り討ちにしてやっけどよぉ」

 長剣の鞘を滑らせ、ベラリオが刃に指を這わせた。薄く傷のついた指先に、ぷっくりと血の珠が浮かび上がる。滴る前に、それはファウストの唇を赤く塗った。紅を差したように色づく唇が、誘うように濡れている。
 ファウストは黒い瞳でベラリオを見つめた。長剣をそっと奪い、なにも言わずに巨躯を寝台に押し倒す。ほんの少しの力で傾く体は、抵抗する様子など微塵も見せない。

「――なんだぁ? ルチアのいない間にってか?」
「……人払いはしてあります」
「はっ! 積極的だなぁ! 拾いモンのわりにゃ上等だよな、お前もルチアも。でもさすがにもうできねぇぞ、さっき散々出しちまったからな」

 武骨な手がファウストの柳腰を撫で、肉の薄い太腿に爪を立てる。そうして滲み出る血を見て、ベラリオは満足そうに笑うのだ。毎度繰り返される痛みは儀式のようでもあった。熱を帯びた吐息が血で彩られた唇から漏れ、鍛え上げられた武人の耳元で霧散する。
 少年はベラリオの腹に跨り、体に巻きつけていた敷布を取り払った。ばさりと背後に放られた敷布が一瞬、薄い背に生えた白い翼のように見えて、喉の奥で笑う。――これは悪魔だ。天使であるわけがない。
 成熟していないか細い肉体が曝け出される。なにかを纏う代わりに、少年は長剣を大事そうに胸に抱えた。冷たい鉄の感触に眉を寄せる姿が淫靡だ。
 唾を呑んだベラリオの胸に片手を置き、ルチアとは異なる誘い方で口づけをねだる。血の紅が消え、元の唇の色が露わになっても、少年は離れようとはしなかった。何度も繰り返し口づけ、互いの呼吸が荒くなり、唾液が顎を伝ったところでようやっと身を離す。
 抱いていた長剣が体温を吸ったことを確認すると、ファウストは滅多に見せない穏やかな微笑を浮かべ、剣を鞘走らせた。



「お可哀想なベラリオさま。――あなたがもう少しだけ、愚かならばよかったのに」





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