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 蒼い髪を掴んだ。強い瞳がこちらを向く。殺気にまみれた緑の双眸が「触れるな」とありありと語っている。――本当に、これはイイ拾いものだ。弟が関わっているようだが、一体どうして彼らを拾うことができたのだろう。理由はすべてルグが知っている。
 頭のいい、優秀な側近だ。武力をすべてとするベラリオを支え続けてきた男だ。彼に聞けば、アスラナに対して最高の餌となる二人の処遇も答えてくれるだろう。

「ファウスト、ルグに褒美をくれてやれ」
「――はい」

 しずしずと前に出てきたファウストは、儚げな風貌から女神のようにさえ見えた。長く伸ばされた髪が、簡素な白い敷布を巻きつけた体に落ちている。長槍を持つ手は華奢で、すぐにでも折れてしまいそうだ。
 ルグの表情が明るくなった。「褒美など……」と謙遜してみせたが、にやついた笑みは隠し切れていない。彼の前で、少年は恭しく頭(こうべ)を垂れた。白いうなじが顕わになる。
 そして彼が再び顔を上げたとき、肉を貫く刃の音がその場に響き渡った。

「ぐ、あぁ、……っ」

 苦しげな悲鳴はすぐに掻き消える。ルグの後ろに、血に濡れた槍の先が見えた。誰もが言葉を失っていた。その中で、ベラリオとルチアだけが楽しげに微笑んでいる。
 槍が引き抜かれる。鮮血が迸り、雨のようにファウストの体に降りそそいだ。真っ白な敷布が見る間に赤く染まり、人形のような顔が不気味に濡れる。最初に悲鳴を零したのは誰だったか。声の主を槍が襲った。蛇が獲物に喰らいつくかのような速さで、それは喉を突いた。小さな断末魔と血の噴き上がる音が、そのあと三度ほど続いた。
 床に転がる男達。広がっていく赤い池。そこに立つ無表情の少年は、返り血を浴びてぞっとするほど妖艶に見えた。

「竜騎士は残して、あとは地下牢にでも放り込んどけ。男と女は分けろよ。マチガイでも起こされちゃ値打ちが下がる。――おい、聞こえたか? 連れてけっつったんだよ」

 へらりとした口調から一変、這うような低い声に変わる。ファウストの槍が赤く光を反射させるのを見て、生き残っていた賊達は促されるままにシエラと男の腕を掴んだ。無理やり立たされた彼女は当然のごとく拒否の意を示したが、エルクディアの首筋に刃が付きつけられると大人しく足を動かした。
 兵士に案内され、賊と共に神の後継者が引き摺られるように部屋を去る。何度も何度も振り返り、心配げな眼差しを竜騎士に向ける。それに答えようともせず、ベラリオの目の前の男はただひたすらに殺意を向けてきた。彼はただの一度も彼女を射抜かない。
 部屋を出る直前、堪えかねたらしいシエラが叫んだ。

「エルク! ――死ぬな!!」

 ほんの一瞬、その声を受けて新緑の瞳が揺れた。

「はっ、殺しゃしねぇよ! 最高のエサだからなぁ! でもま、なんだ。ガキにゃあまだ刺激が強いっつぅこった。お前は地下でおねんねしてな」

 扉が閉まる。室内には血の香が充満していた。
 一言も発することなく扉の前に立つファウスト。椅子の肘置きに腰掛けて鼻歌を歌うルチア。そして睨み合うベラリオとエルクディア。異様な空気がその場に降りる。
 ベラリオは寝台の奥から頑丈な鎖を取ってくるようにルチアに命じ、その鎖で竜騎士の体を雁字搦めに縛り上げた。焼けた痣の残る白い首にも一重に巻き、犬にでもするように鎖の端を引く。
 首を絞められてもなお、彼はその気迫を弱めない。ベラリオは言葉を奪っている布をずり下げ、その唇が開くのを待った。

「よぉ、竜騎士サマ。なんだってこんなザマになってんだ?」

 答える様子はない。むしろそれでよかった。期待通りの反応に、ベラリオの頬が緩む。
 理由など知らないままでいい。知ってしまえば、いざというときに動きにくくなる。「知らなかった」でしらを切り通すことも大事だと教えてくれたのは、ルグだった。口封じが大事だと教えてくれたのもまた、ルグだった。
 騎士というには甘い顔を、ベラリオは躊躇いなく殴りつけた。「いったそーう!」ルチアのはしゃぐ声が耳に心地いい。
 血の混じった唾が飛ぶ。じゃらりと鳴いた鎖の音に、腹の底から気分が高揚していくのを自覚した。竜騎士などと言われた男が、今は血と涎にまみれて床に横たわっている。腹を蹴りつければ、鎖の音に混じって呻き声が漏れた。

「ひゃははっ! イイね、イイねイイねイイね!! これがアスラナの誇りか。なんであんな男に捕まったのかは分かんねぇが、こうなったら楽しもうぜ? オトナの時間ってやつだ」

 鎖を引いて上げさせた顔には、憎しみや怒りがありありと浮き出ていた。綺麗な顔が醜く歪んでいる。ルチアが嬉しそうに笑った。
 濃厚な花の香りが辺りに漂い始めた。ふわり。ルチアが舞う。

「ベラリオさま、ルチアも! ルチアも遊んでいーい?」
「ファウストもな。みんなで遊ぼうぜ。な、いいだろ、竜騎士サマよ」
「……シエラに手を出したら、殺してやる」
「はっ! そいつぁ……ほら、アレだろ? お前次第、ってこった」

 武骨な指をエルクディアの顎にかけたとき、ベラリオの頬に血の混じった唾が吐きつけられた。


「――やれるもんならやってみろ」


 新緑の瞳に、一切の諦念はない。


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