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 ぶすくれたまま敷布を体に巻きつけ、ファウストはするりとベラリオの下から抜け出した。寝台を降り、大理石の床を素足で歩く。椅子にかけてあった紐で器用に敷布を結わえ、長い髪も一つにくくって大きな扉の前に立つ。後姿だけを見れば、完全に白いドレスを纏った少女だ。誰か来たと言われても、全裸で横たわるルチアは気にした風もない。くるりと目を輝かせ、「だぁれー?」などと呑気に零していた。
 扉が叩かれるのと同時に、ファウストが立て掛けてあった槍を手に取った。彼の纏う空気が変わる。

「いいぞー、入れや」

 廊下側の門兵によって扉が開かれ、人影が確認された瞬間にファウストの槍が線を描く。殺意を持って向けられた刃の先端に、先頭で入室してきた男は怯む様子を見せない。動揺が走ったのはその後ろだ。もしも男が彼らのように動揺を見せたら、すぐさまファウストの槍が喉を突いていたことだろう。この城ではそういう決まりになっている。
 第二王子ベラリオ・ラティエの私室に踏み入れる者、けっしてその切っ先に怯むべからず。でなくば即座に外部の人間と判断され、処刑される。
 現に今、ざわつく男達は皆粗雑で、薄汚い身なりをしていた。どれもこれも知った顔はない。その彼らに、三人の人間が囲まれていた。頭から麻袋を被せられ、手は前で縛られている。
 ベラリオは頬が緩むのを自覚した。あの袋を取った瞬間、恐怖に震える銀の光が零れるのだろう。

「ファウスト、いい。下がれ」
「ベラリオ様、帰還が遅くなりましたこと、どうぞお許し下さい。少々不測の事態に見舞われておりました。しかしながらこのルグ・ローシ、ベラリオ様が必ずやお気に召すであろう土産を持って参りました」

 膝をつき、芝居がかった口調が相変わらずの男は、どうしたことか傷だらけであった。あれほど綺麗に整えられた文官服も、血や埃にまみれ、さらには焦げ跡も窺える。「不測の事態」はどうやら嘘ではないらしい。

「どーした、ルグ。えらく汚ねぇじゃねーか。誰にやられた?」
「とんだ暴れ竜を捕獲いたしました。それとは関係がないのですが……船が、なんらかの不具合により大破してしまい……」
「大破ぁ? なんでまたそーなったんだよ。その暴れ竜とやらにやられたのか?」

 軍服の上着を肩に羽織り、ベラリオは寝台から降りて豪奢な椅子に浅く腰かけた。薄布だけを巻きつけたルチアが、己の身の丈ほどもある大剣を抱き抱えて傍らに控える。
 ベラリオはふと、兄弟のことを思い浮かべた。どうやっても気の合わない三人だ。兄は悪趣味としか言いようがなく、あのごてごてと女のように自らを飾り立てる様は見ていて吐き気がする。弟はいつもへらへらと笑っていて、軟弱だ。なにができるというわけでもない。
 この国に必要なのは力だ。他を凌駕する圧倒的な暴力が欠けている。いくら頭と顔がよかろうと、どれほど深く潜れようと、それでは国は回せない。

「いえ、竜ではなく……。途中、魔物の襲撃を受けたせいで破損した火薬庫に、引火したと考えられます」
「そーかよ。まぁいいわ。んで? そいつらは?」

 船の一隻や二隻、また買い足せばいいだけだ。顎でしゃくって麻袋を被せられた者達を指すと、ルグは横柄な態度で配下の賊達に彼らを前に突き出すよう指示した。突き飛ばされ、まろぶように三人がベラリオの眼前に差し出される。
 「外せ」嘲笑交じりに言い放った瞬間、びゅっと風を切る音と共にファウストの槍が横に薙ぐ。勢いよく剥ぎ取られた麻袋の下から覗く三人の素顔に、ベラリオは思わず息を呑んだ。隣でルチアが「ええっ!」と声を上げる。
 腰を浮かせたベラリオを見て、ルグが得意げに唇の端を持ち上げている。明確な敵意を持って突き刺さる二人分の視線に、ベラリオは胸が震えるのを自覚した。

「……おい、ルグ。これはえらい大物じゃねぇか。どこで拾ってきた?」
「ディルートの港に落ちておりました。弟君のご友人かと」
「ああ、あの役立たずの。そういや、揉めてんだよなぁ、あれも。それにしても……ふぅん、ゴユウジン、ね」

 猫のような双眸が怒りに満ちている。そこには確かな怯えや恐怖があった。――たまらない。強そうに見えて、容易く折れてしまいそうなこの光が、ずっと欲しかった。
 なんと美しいことだろう。話には聞いていたが、まさかこれほどまでとは思わなかった。


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