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 アスラナからの援助が必要になったのは、永世中立国を宣言してから数年後のことだ。今から十六年ほど前、ホーリーの国を流行病が襲った。死者は数千人とも数万人とも言われている。皮肉なことに、病原菌はホーリーの象徴とも言える町中の水路を通して国中に広がっていった。
 船を媒介にして、離島へも被害は拡大していく。流行病は人間だけでなく、家畜をも襲った。はっきりとした原因は分からず、治療法もなかった。一度感染すれば、十日以内に死んでいく。
 当然、ホーリーの経済は破綻した。人がいない。家畜もいない。突然襲ってきた病魔に蝕まれた国は、今にも死に絶えそうだった。そこで三国聖同盟の名の下に救いの手を差し伸べたのが、他でもないアスラナだ。同じ同盟国のエルガートも援助を申し出たが、エルガートは当時、プルーアスとのいざこざの事後処理に追われていたため、その援助はささやかなものだった。
 以来、ホーリーは現在でもアスラナからの輸入に頼っている。上下水道の設置と徹底した管理、伝染病蔓延防止のための医学進歩への研究投資。それまで歴史研究ばかりに目を向けて、医学には力を入れてこなかっただけにあれだけの被害を生んだのだという反省から、アスラナやエルガートへ留学する者への援助を優先させた。
 ぎりぎりの状態でこの国を回しているのが、今のマルセル王だ。各領主をまとめ上げ、一見すればなんら問題のない、穏やかな国を作り上げている。
 確かにこういった話は本で読んだり誰かに延々と語られた覚えがあるが、あくまでも聞いたことがある程度の認識だ。
 視線を泳がせたシエラを咎めることなく、クロードは優しく語った。

「あの悪夢から十六年。ここまで復興し、さらに発展させたことは、マルセル王の手腕に感嘆せざるを得ない。とはいえ、今アスラナが援助を止めれば、この国はたちまち首が回らなくなる。――永世中立国の肩書きが、ますます厳しくなるねえ」
「どういう……?」

 首を傾げたシエラに、クロードは教師のように語った。

「聖三国同盟は平等の下になされたんだよ。つまり、この三国は対等でなければならない。互いに協力することはあっても、支配することはできない」
「でもアスラナは資源も土地も広大だ。今のご時世欠かせない聖職者の派遣も行っている。そこにきての資金援助。――万が一、アスラナがすべての援助をやめると言い出したら、どうなる?」
「どう、って……、首が回らなくなるんだろう?」

 先ほどクロードが言った台詞を引用すると、彼は大仰に胸に手を当ててお辞儀をした。まるで舞台役者のようだ。
 エルクディアは喉が乾いているのか、その声は掠れていた。うんうんと頷いたクロードは、どこか楽しそうに続けた。

「『ベスティアとケンカしたいんで、ちょっと土地貸してくださーい』とかなんとかうちが言ったら、マルセル王はどうするんだろうねえ」

 なにを言いたいのか、理解するのに数秒を要した。しかし意味を飲み込んだ途端、どこか薄ら寒いものが全身を駆けていく。
 ホーリーは中立国だ。自衛のため以外には、いかなる国とも戦争を始めず、そして関与しない。他国軍の国土の通過さえ認めていない。そのホーリーは、アスラナの援助がなければ立ち行かなくなる。
 そのとき、この島国が下す決断はどのようなものになるのだろう。同盟国であるがゆえに、白露宮には定期的にアスラナの聖職者が向かい、王都の結界を強化していく。もしもそれがなくなったとき、この国の僅かな聖職者達で魔物と対峙することはできるのだろうか。
 ――そうなれば、もはやこの関係は対等とは言い難い。魔物がいる限り、そして聖職者が集まる限り、アスラナは優位に立ち続ける。

「ツウィを治めるホーリーの第二王子は、俺も何度か会ったことがある。……武力がすべてだと思ってるような人だ。あの人は、うちが嫌いだよ」
「あ、やっぱり? オレは会ったことないけど、そんな話は耳に入れてるんだよねえ。あー、でもそっかあ、だとすれば、この先はちょっとややこしいことになっちゃいそうだねえ」

 言うなりクロードは、先ほどから手の上で遊んでいたものをシエラに投げて寄越してきた。親指と人差し指で挟める小さなものだ。どうやら徽章らしい。黒っぽいそれには、鮫の文様が掘り刻まれていた。

「それ、ツウィが――いや、ホーリーが誇る最強兵団、ヴォーツの徽章だよねえ? ……さてさて、進むか退くか、どうやら考えた方がよさげかな?」




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