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 くしゃりと頭を撫でられて、シエラの言葉はそれだけで先を封じられた。喉が痙攣する。それ以上を言おうと思えば、違うものが溢れそうでなにも言えなくなった。
 クロードはしばらくなにも言わずに二人から目を逸らし、室内を物色したあとで言った。「そういえば」

「いつも一緒の神官のお嬢さんはどうしたのかな? 彼女、この船には乗り合わせていないみたいだけど」

 クロードの帽子の中で、テュールも心配そうに声を上げる。
 シエラの説明は時系列が前後していたが、そのたびにエルクディアが訂正を加えていった。一通りの流れをクロードに伝え終わると、彼は穏やかな表情をやや堅くし、机の上に残されていた書類に目を通していく。

「騎士長さんは撃たれたんだっけ?」
「――ええ。小型の銃でした」
「ふむ。問題はどうして人を撃てたか――、か。これはこれは、ややこしくなりそうだ」

 通常、銃は人間を傷つけることができない。それがこの世界に生きる人間にとっての常識だ。
 銃弾に使われる金属は特殊なもので、人肌に触れる直前で溶けてしまう。しかし不思議なことに、それは人間以外の生物に対しては目を瞠る威力を持って傷つける。魔導師が対魔用の武器として使用する銃弾は銀製のものが多いが、発射時の威力に耐えられるような造りにするとなると、どうしても銃弾用の金属を混ぜる必要がある。
 銃は人間を傷つけるものではないはずだった。そもそも銃は高級品だ。猟師でも、各組合に一丁あれば十分すぎるほどで、個人が銃を携帯しているのは魔導師達くらいなものだ。
 しかし現に、エルクディアは銃弾によって四肢を撃ち抜かれた。それは目の前で見ていたシエラが証言する。
 銃は人間を傷つけるものではない。その常識が間違っていたのか、それとも――。

「新しい武器を開発してしまったか、かな?」
「……もしもそうだとすれば、戦が変わりますね。より凄惨なものになる」
「まあ急所にさえ当たらなければ、そう大事には至らないみたいだけど――って、それは騎士長さんだからかな? まあとにかく、誰がなんの目的で開発したかを調べる必要はありそうだねえ」
「……ホーリーのあの男がそうではないのか?」

 エルクディアを撃った張本人を思い浮かべ、シエラは首を傾げた。

「どーにも彼らは、ベスティアと繋がっているみたいでね。――ここ、見てごらん。走り書きの通貨単位。バルストって書いてあるでしょ? これねえ、ベスティアの単位なんだよ」
「ベスティア――、そういえば以前、ライナが気をつけろと言っていた……」
「ホーリーの中でも、ツウィは特に軍備に力を入れている。でもって、ベスティアはアスラナ嫌いの軍事国家だ。あー怖い怖い」
「だ、だが、ホーリーはアスラナの同盟国だろう? だったら、ベスティアと手を組むはずがないんじゃないのか」
「マルセル・ラティエの治める国としては、そうだろうな」

 深々と溜息をついたエルクディアは、ふらつく頭を抱えるようにして机に肘をついた。
 今のホーリーはマルセル王が統治している。彼はアスラナに友好的だ。――だが、それがホーリーの民全員の意見だとは限らない。

「ホーリーに対する資源や聖職者の援助は、うちがほとんどを担っててねえ。島国ゆえに、限られた国土と資源しかないみたいだし、あの悪夢の日々以来、国はギリギリの状態で回っているらしいよ? ――ところでお嬢さん、こういった地理の座学は受けてなかったの?」

 ホーリーの国土はアスラナと比較すれば幾分か小さく、その標高はほとんどが海面とほぼ同じ高さなので、農作物を育てるのに向いていない。高地では小麦の栽培が盛んだが、自国のすべてを賄えるほどではない。資源の乏しいと言われる島国だが、それでも島ごとに、それぞれ風土にあった食物の栽培や鉱山の開拓などによって国を支えている。


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