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「……お前、いつからこの船にいたんだ」
「はいなはいな。うーん、三日前、かな? ちょっと他のお仕事をしていたんだけど、どーにもあやしーい船があったからね。巷で噂の聖職者狩りの商船かと思って、途中の水上市場で停泊中のところを密航しちゃったわけですよ。そしたら、君達がいるって話を聞いてね」

 クロードはアスラナでも有名な祓魔師の一人だ。炎の神言を得意とし、ついた異名が「神炎のクロード」。妙に芝居がかった仕草や口調をしているが、ユーリのような甘ったるさはない。見覚えがあったのは、彼がよくライナと一緒に話していたからだった。

「三日前!? ならなんで、もっと早くに助けなかった! 私達がっ、エルクが、どんな目に遭ったと思って――!」
「それじゃあ聞くけど、お嬢さんは舵取りができるのかな? 騎士長さんは?」

 困ったように笑い、クロードはシエラの頭を撫でた。「オレはね、できないんだ」徐々に言いたいことが理解できて、かっと頬が熱くなる。羞恥と、やはりそれでも残る怒りのせいだった。

「海のど真ん中で君達を助けても、どこへ向かえばいいのか分からない。脅した相手がちゃんと言うとおりの場所へ連れていってくれる保証はない。さすがに死にそうになったら助けるつもりだったけど、まあ騎士長さんの体力なら大丈夫かなーって。……とは言ってみたけど、正直なところ、お嬢さん達の存在に気づいたのはしばらくしてからでね。あの部屋、変な術が施してあったのがいけない」

 エルクディアは負傷していた。これだけの大きさの船だ。いくら竜騎士とはいえ、全員を相手に立ち回れるだけの力は残っていなかっただろう。
 一見冷たくも思えるが、クロードは混乱に乗じてエルクディアを救い出し、同時に厄介な連中はまとめて一部屋に拘束してあるというのだから、その判断と実行能力には感謝せざるを得ない。
 それになにより、あれだけの魔物をシエラ一人では捌ききれなかったに違いない。感謝こそすれ、怒りを向ける相手ではない。
 分かっているつもりでも、もやもやとした気分は簡単に晴れそうにもなかった。クロードもそれを理解しているらしく、それ以上はなにも言ってこなかった。

「これからどうするんだ。結局、舵を取れる奴はいないんだろう?」
「それなら心配ご無用。さっき確認したけど、港はもう目の前みたいでねえ。これなら、風霊の力を借りて進めばなんとかなるかなあと」

 甲板に出ていたが、周りの様子まで見ている余裕などなかった。ああ、そう。そんな溜息のような返事しか出てこない。
 「ああ、そうだ。この子」クロードは被っていた山高帽を脱ぐと、頭に乗せていた塊を指さして笑った。

「来る途中に海に浮かんでいるのを見つけたんだけど、この子、時渡りの竜で間違いないかな?」
「テュール! 無事だったのか!?」

 翼を傷つけられたテュールは力なく鳴き、それでも己の無事を知らせるように尾の先をふんわりと淡く発光させた。小竜はクロードの神気を分けてもらいながら、徐々に体力を補っていくのだという。再びテュールを隠すように帽子を被り、彼は「じゃあ行こうか」とシエラの手を引いた。
 クロードに促されてエルクディアのもとへ向かう途中、シエラは思い出したように聞いてみた。

「ここがどこだか、分かっているのか?」

 クロードが窓の外を眺めて、遠くに見える町並みに目を細めた。

「――たぶん、ツウィだろうねえ」




 その部屋には、服を着替えたエルクディアが椅子に座って待っていた。クロードによって案内された船室は広く、元はあの文官風の男達が使っていた場所であることが伺える。
 机の上にあった書類に目を通していたエルクディアは、扉が開いた瞬間警戒した様子で剣の柄に手をかけていたが、シエラの姿を見るなりすっと緊張の糸をほどいた。

「無事だったか? 怪我とかしてないか?」

 頬は痩け、青ざめている顔でそんなことを言われると、じくりとした痛みが胸を襲う。
 シエラはエルクディアに駆け寄り、勢いに任せてその頬をひっぱたこうと手を振り上げ――、やめた。代わりにシャツの襟をぎゅっと掴む。心なしか肩が薄くなっているような気がした。

「お前は、馬鹿だ……! 無事じゃないのも、怪我をしたのも、お前の方だろうが!」
「あー……、うん、まあ。でも、大丈夫だから。ごめんな、守ってやれなくて。……いつも口ばっかりで、ごめんな」


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