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 魔物の巣窟を抑え込む結界は、こうして保たれている。祓魔師は通常、結界を張ることができない。防護壁を生み出す力は神官にしか備わっていない。この祈りの道において祓魔師が結界を強化する方法は、自らの神気を捧げることだ。
 聖職者の体には、神気が流れている。髪や血には、最も濃くその力が宿っている。
 ゆえに、力の強い祓魔師達はここでその力を捧げる。自らの一部を、結界の元となる聖水に移すのだ。この場所を知っているのは、聖職者の中でもそう多くはない。常に交代で結界を張り巡らせている神官はそれなりの数が必要だが、少数精鋭で行っている一種の儀式のようなものだ。
 ユーリはほぼ毎日のようにここに足を運び、髪や血を捧げていく。自分でも絶賛するほどの整った外見をしているくせに、彼の髪だけが不揃いな長さをしているのはこのためだった。

 青年王は祈りを終えると、ふと視線を移動させた。
 祈りの道のさらに奥。巨大なロザリオの像につけられた法石の光が室内のあちこちに反射して照らす小さな扉は、この先何重もの結界に守られ、奥深い闇の森へと続いている。
 アスラナ城は、リロウの森と地下で直結していた。そうすることで直接的に魔の侵入を防ごうという考えによるものだったが、これは諸刃の剣だ。こちら側の力が弱まれば、内側から切り崩される。
 クラウスから見ると、ユーリはそのことを最も恐れているように感じた。

「……知っていたかい? この上の訓練場でね、蒼の姫君はたった一人で頑張ろうとしていたんだよ」
「蒼の姫君……、後継者様のことですか? はて、……初耳にございます」

 クラウスが知っているシエラ・ディサイヤは、いつも眠たそうな目をしており、図書室で本を読んでいるか寝ているかだった。自覚が足りないと、その姿勢にいきり立っていた仲間もいる。
 彼女が祓魔しに行っていた魔物は一部を除いて、大半が学院生の実習で扱うような低級のものだと聞く。
 アスラナ城の地下にある訓練場は、リロウの森から集めた魔物を特殊な結界によって封じ込め、実戦を可能としたものだ。森の中をそのまま再現しており、上級の魔物は入れていないとしても、その危険度は高い。

「ライナ嬢が双子の人狼によって傷つけられてから、あの子は私を訪ねてくるようになったんだ。教えろ、と不遜な態度でね」

 ユーリは楽しそうに笑った。

「付き添いで行ってあげたけれど、これっぽっちも歯が立たない様子だった。ほとんど、私が祓うのを見ているだけだった。実際、あそこに足を運んだのも二回ほどだしね。熱心と呼ぶにはほど遠い。修行だなんて呼べるほどのものでもない。実戦を勧めたのは私からだし、それは小さな竜がやってきたあとくらいだったかな。……でも、聖職者として育てられてこなかったあの子にすれば、それは十分すぎるほどだと思わないかい?」

 聖職者の印を持って生まれた子供は、四歳になると一度王都に集められる。他国の子供でも、優秀であればアスラナへ移ってくることが多い。
 同盟を結んでいないベスティアやプルーアスは独自の体制を持っているが、同盟国であれば銀髪の子供は必ず一度はこの城の土を踏むと言っても過言ではない。
 そして僅かな例外を除いたほとんどの場合が、聖職者としての教育を受け続ける。
 神の後継者であるシエラは、僅かな例外に当てはまる内の一人だった。

「それで、疑似森を? 訓練場ならば学院にもありますでしょうに、なぜ敢えてそちらを選ばれたのか伺っても?」
「誰にも知られたくなかったそうだ」
「はあ……。なるほど。確かに、あそこならば人目につきにくい」
「あの子には、口うるさい過保護な番犬がついているからね。見ているだけだったし、成果なんてないに等しい。でもあの子は、少しずつ誰かのために努力しようとしたんだ。たった二回とはいえ、ね」

「世界や国のためではなく、誰かのため……ですか」

 世界のためという大義名分を誇りに思うような人となりには見えなかったので、クラウスは苦笑を交えて納得の笑みを浮かべた。

「では陛下、その後継者様のことでお訊ねします。なぜ、我ら五聖官や八聖官を彼女の護衛に当たらせなかったのです?」

 それは現在、重鎮達の誰もが抱いている疑問だった。
 シエラの傍に置いたのは、魔物には太刀打ちできない騎士長とまだまだ修行中の神官だ。そこに素性の知れない魔導師が二人。
 補助の祓魔師もいなければ、ライナよりもより能力のある神官をつけたわけでもない。それではシエラの身が安全とは言い切れない。
 なぜ王はそのような判断を下したのか。なぜそのことに関して、誰の言葉にも耳を貸さないのか。
 青年王が踵を返す。

「――どんな物語だって、仲間と切磋琢磨して強くなっていくのが定石だろう?」

 どこまでが本気なのか分からない。これ以上は聞いたところで無駄だろう。
 クラウスは出ていくユーリの背を見送ると、再び水の幕の向こう側へと消えた。




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