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「これからもその通りであって欲しいものだ。……私も、もう少し君達のことを知ろうと思ったのでね」
「……それは、けーこくー?」
「おや、なにに対しての警告だと思ったのかな?」
どくどくと脈打つ血管を圧迫されながらの問いかけに、ラヴァリルの眉根が寄る。
ユーリはあっさりと彼女の体を解放すると、さりげなく、しかし有無を言わさず、図書室を出るように促してくる。
扉には丈夫な錠がかけられ、鍵は青年王の手の中にあった。
「リース・シャイリーの様子をしっかり見ておいておやり。あまり無茶をさせてはいけないよ。そして君自身、あまり無茶はしない方がいい」
廊下に出た途端、待ちかまえていたかのように、何人かの兵士や文官が現れた。一人の女官が人好きのする笑みを浮かべてラヴァリルの手を取り、分かりきっているというのに道案内をすると申し出てくる。
背の高い文官が、ユーリとなにか耳打ちしていた。年かさの女官がラヴァリルを急かす。
「……ねえ、ユーリさん。あたしね、結構このお城、好きなんだよ」
「それはそれは。光栄だよ」
ぴたりと付き添ってくる女官と兵士を視界に入れながらも、ラヴァリルは与えられた自室を目指した。背中に聞こえるユーリの笑い声が、やけに耳にこびりつく。
部屋の前でようやっと解放され、逃げ込むように飛び込んだ寝台は、ふわりと優しく体を受け止めてくれた。広い部屋は中央で仕切りが立てられており、入り口から見て右側がラヴァリル、左側がリースの空間になっている。
リースの寝台に迷うことなく飛び込んで、ラヴァリルは暴れ狂いそうな心臓を宥めるように大きく息を吐いた。
制服の袖から、ぐしゃぐしゃになった古紙を取り出す。ユーリに取り上げられる前に、数ページ破っておいたものだ。
綺麗にしわを伸ばして広げ、天井に翳して細かな造りを頭に叩き込んでいく。
ユーリがどうしてあの場にいたのかなど、考えるだけ無駄なような気がした。どうせどこかで、隠密を生業とする者が見張っていたのだろう。想像以上に行動が監視されている。
――それもそうか。自嘲のような笑みがこぼれた。
「罪禍の聖人は、魔物とは違うのに。魔導師も聖職者も同じ人間に見えるのに、不思議だよねー……」
そうは言っても、己の立場を忘れたわけではない。破り取った本のページを小さく畳んで胸元に仕舞うと、ラヴァリルはぱんっと頬を叩いて気合いと共に跳ね起きた。
対魔物用の小銃の部品を一部入れ替え、再び腰と足に戻して部屋を出る。
目指すは騎士館の医務室だ。
+ + +
見たいものを見て、聞きたいものを聞いて、話したいことを話して。
たったそれだけで満たされるのに、なぜでしょう。
そんなことすら、許されない。
+ + +
「それでね、クレミーアが言ったんだ。『貴方はとても美しいですね』って。ふふ、クレミーアの方が美しいに決まっているのにね。ああ、ぼくの大好きなクレミーア。君達にも会わせてあげたいなあ」
揺れる船の中、シエラは今すぐに目の前の男を蹴り倒したい衝動に駆られていた。
カビ臭い倉庫のような船室に押し込まれ、何度目かの朝を迎えた。常に喉が乾き、空腹を訴える腹はきゅうきゅうと鳴いている。後ろ手に縛られた腕は痺れ、肩の関節から指先までがじくじくと痛んでいる。散々暴れたせいで、剥き出しの足には痣や小さな擦り傷ができていた。
食事は冷めたスープと、固い乾パンが一欠片だ。それでもまだマシな方だった。空腹と睡眠不足が重なって、今にも気を失いそうな頭で考える。
――すべての原因は、この男だった。
「――それじゃあ、話を聞かせてもらおうか」
そう言ってエルクディアは、男達に切っ先を突きつけた。用心棒代わりの屈強な男達は、とうに地に伏している。あとはひ弱そうな人間ばかりが残り、すべてがうまくいったように思えた。
ほっと息をついたシエラが、先ほどまで狙われていた人物に目を向けた。目が合うなり、相手はふんわりと柔らかく微笑を浮かべた。――そして、気づく。線の細さから女性だとばかり思っていたが、どうやら男性らしい。
彼は優雅な動作でシエラに近づくとそっと手を取り、手の甲に唇を落とした。
「ありがとう、助けてくれて嬉しいよ! ぼく、とっても困ってたんだ!」
まだ事態が完全に片づいたわけでもないのに、彼はお構いなしでぺらぺらと話し続ける。
緊迫した空気をことごとく壊す彼に面食らっていたシエラは、突然抱きつかれて言葉を失った。薄いくせに柔らかくない胸板にしっかと抱かれ、反射的に大きく体をよじる。
「離せっ! ――っ、あ!」
「え? っ、うそ! その髪……、もしかしてきみ、神の後継者なのかな?」
抵抗した拍子に男の手に引っかかって鬘がずり落ち、纏め上げていたシエラ本来の髪が露わになる。男ははしゃいだように声を上げたが、エルクディアと拮抗する男達の目つきが一瞬にして変化した。
獲物を見つけたときのそれを感じ、シエラの背筋に冷たいものが駆けた。エルクディアにも一瞬の動揺が走り、剣先がぶれる。
その一瞬の隙を逃さず、倒れていた一人の男が呼吸を荒く乱しながらも、シエラを抱き締めたままの男の足首をしっかと掴んだ。「ひゃあ!」まるで女のような悲鳴を上げ、巻き髪の男がさらにきつくシエラに抱き着いてくる。思わぬ展開に、エルクディアも切っ先を向ける相手を変えなければならなくなった。
テュールが礼服の女を威嚇するが、逆転の空気を感じたのか、彼女は先ほどとは違い、余裕の笑みを浮かべて小竜を追い払いにかかっている。