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「ユーリさんこそ、なんでここに?」
「虫の知らせでね。なんとなく、ここにいたら君に会えるような気がして」
「やっだな〜、あたしに会いたかったなら声かけてくれればよかったのにー。でもでもっ、あたしはリース一筋だからお嫁さんにはなれないよ!」

 けらけら笑い飛ばすと、ユーリは目を細めて言った。「だろうねえ」 差し込んでくる日差しが逆光となり、その表情はよく見えない。
 その胸元で、シエラやライナが提げていたものよりも一回りほど大きなロザリオが跳ねたことだけは分かった。
 アスラナ王にのみ与えられるロザリオは精緻な細工が施されており、それが武器になるとは想像しがたい。だが彼は、いざというときそのロザリオを剣に変え、槍に変え、弓に変えて戦うのだろう。あの綺麗な顔に笑みを張りつけたまま、魔物の血と灰を浴びるのだろう。
 それを清らかと呼べるのか、ラヴァリルには分からない。

「会いたくても、君は色々と忙しいようだったからねえ。私が声をかけたところで、相手をしてくれそうになかったろう?」
「ユーリさんの頼みなら聞いたのに〜。なんたって、ここの王様なんだし! で、どーしてあたしに会いたかったの? あ、まさか告白ぅ!?」
「近からず遠からずといったところかな。どうせなら、君からしてもらいたいものだね。だろう?」
「ざーんねんっ! あたしはリースがだーい好きなんだもん、いくらユーリさんでも惚れられませーん!」
「おや、それは残念だ」

 ラヴァリルは、書物を握る指が白く変色しているのを自覚した。妙に喉が乾く。今まで感じたことのない重圧に、少しでも気を抜けば足がよろけてしまいそうだった。
 他愛のないやりとりに、逃げ道が見つからない。どこで切り上げれば正解なのか、これっぽっちも分からない。
 窓に軽くもたれていたユーリが、流れるような動作でラヴァリルの腰を抱いた。はっとした瞬間、彼の右手によって書物が奪われる。片腕できつく腰を抱かれ、身動きもままならない状態で、彼女は無意識に太股の小銃を探ろうとしていた。

「ふうん……。城の設計図、ね。こういった資料なら、第五図書室にも嫌と言うほどあったんじゃないのかな?」

 本棟にある第五図書室は、城の中で最も大きな総合図書室だ。児童書から専門書まで幅広く取り扱っており、大抵のものならばここで手に入る。祓魔師、神官らが利用する専門の書庫はまた別にあった。
 ユーリは書物を元あった場所に戻し、蜂蜜色の髪に口づけて笑った。長い指に持ち上げられ、ラヴァリルの顔が仰向く。

「まあもっとも……、一般に出回っているこの城の資料には、書いていないことの方が多いけれどね」

 城の設計図が流出するということは、弱点を晒すことと等しい。どこの防備が弱く、どこに隠し通路が造られているかなどは、絶対に外に漏れてはいけない情報だ。ゆえに、一般書に記されているアスラナ城の設計図には、すでに改築されてその形状をとどめていないものなどが載せられている。
 建城当初から、改築がなされるたびに増えていく記録書――それが、先ほどラヴァリルが手にしていた書物だった。

「あ、そーなの? あたし、一応このお城でお世話になってる身だし、色々知っておきたいなーって思って」
「そう。さすがにお堅い高官達は、口を割ってくれなかったのかな」

 強ばった体をからかうように、ユーリの唇が額に落ちてくる。体格差も相まって、逃げ出せるような状況ではなかった。

「……なんのことー?」
「さて、なんのことだろうね。聡明な君なら分かりそうなものだよ」
「あっはは、ざーんねん! ユーリさん、あたしバカだよ? リースやライナみたいに賢くないもん。日々楽しく生きていければそれでいーやって考えてるから!」

 しゅるり。衣擦れの音が、耳元で囁くように聞こえた。戯れにラヴァリルの髪をほどき、ユーリは彼女の滑らかな頬に手を這わせている。
 耳朶に触れた唇に柔く食まれ、ラヴァリルは強く瞼を閉じた。

「少なくとも、彼らよりは賢しい子だと思うけれどね」

 甘い睦言のように、それは注がれる。「いったいどうやって、見張りの兵や司書を出し抜いたんだろうね」逃げ場をなくしたラヴァリルの喉元に、軽く歯が立てられた。

「……っ、それ、深読みしすぎなんじゃない?」
「そうかい? 私はあまり深く考えないようにしているんだけれどね。そうだろう? 今までだってそうだ。君達がどうしてこの城にやってきたかだなんて、深くは考えないようにしていたんだよ」
「それは、聖職者と一緒になってシエラを守るために……」
「ああ、そうだね。その通りだよ」

 離れた歯の代わりに、大きな手のひらが首に添えられる。官能的な仕草で肌をなぞるそれに時折ぞくりとしたものを感じながらも、ラヴァリルはまっすぐにユーリの目を見つめていた。
 青海色の双眸の奥に潜んでいるものは、そう容易に暴けるものでもなさそうだ。

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