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「レ、レンツォ秘書官!!」
「――はい?」

 だらだらと汗を流す兵士は、どうやら全力で走ってきたらしい。

「城内、くまなく探しましたがっ、神の後継者もアスラナの騎士長も、見つかりませんでしたっ!」
「ああ、まあそうでしょうね」
「へっ!?」
「そんなことより、船の準備はできてますか?」
「そんなこと、て、え? あのっ、秘書官が、血反吐を吐くまで二人を捜せ、と仰ったのでは……」
「――ああ、そうでしたね。ご苦労様です。よくやってくれました。そんなことより、船は?」

 兵士に目もくれず、レンツォは壁に貼られた地図を引き剥がした。べりっと音を立てて破れたが、あの二人のせいにすればいいだろう。
 壁に開いている穴を見て、背後の兵士が驚嘆する。「なんすか、それは!? それより、この部屋の扉、どうやって開けたんすか!?」興奮してまくし立てる兵士の顔に、レンツォは振り向きざまに張り手をかました。

「で、ふーねーは?」
「ひゅ、ひゅんびかんりょーひてまひゅ! てひひゅうぃきのもにょと、つうぃうぃきのもにょを!」
「はい、ご苦労。つるっぱげのジジイ共はなにか言っていましたか?」
「おれは知りまひぇん!」

 びしっと敬礼しながら言われたその一言を受けて、レンツォは無言で張り手を食らわせた。
 「ぐえっ」蛙のような呻き声を上げて兵士がよろめく。当たりが良すぎたのか、彼の指の隙間から赤いものが覗いてた。

「はぁ……。上が馬鹿なら下も馬鹿ですか。君にもう一つ、聞きます。リオン・アヴェノからの連絡は?」
「よりゅおしょく、みょーにゃいきもにょに手紙をくくりゃしぇて、しりょにお届けににゃりまひた!」

 鼻血の付着した白い封筒を差し出されて、レンツォは眉を寄せた。

「どうしてそれを、昨夜のうちに言わなかったんですか?」
「わしゅれてまひた! ――ふべひっ!!」

 三度目の張り手のあと、レンツォはリオンからの手紙に目を通した。読み終えると、暖炉に放り込んでそのまま火をつける。
 部屋を出ると、鼻血を必死で床に落とさないようにしている兵士が、ひょこひょこと後ろをついてきた。
 ちょうどいいので、自室の前で待機させることにする。服を着替え、荷物を詰め終わる頃には彼の鼻血もすっかり止まっていた。

「それでは行きましょうか。面倒なので、長旅にならないといいんですけど」
「え? で、ですが、この城の守りは……」
「お留守番なら、あなた達でも十分できるでしょう。それに、適任の方を呼びましたから、二、三日で来ますよ、たぶん。たとえアスラナの軍団が攻めてきたとしても、うちの兵士なら三日はもつと計算していますが、誤算ですか?」

 ガラス玉のような瞳に射抜かれて、兵士は身を震わせた。

「いいえっ!! 我らロルケイト兵団、必ずやこの城をお守りしてみせます!」

 「まあそれが当然ですよね」押しつけた荷物を軽い足取りで運ぶ兵士を従え、レンツォは城を出た。
 ポポ水軍を駆れば、王子専用の船がある港まではあっという間だ。船に乗り込む直前で、荷を先に上げていた兵士が「そういえば」と切り出した。

「適任の方って、どんな方なんですか?」
「どんな……? ……ああ、オニオコゼや鴉に似た方ですよ。――っと、ではご苦労様です。さっさと戻ってお仕事なさい」
「あ、はい。それでは、気をつけて! って、え、あの、オコゼと鴉って大分違いますけど!?」

 先に乗り込んでいた文官らと言葉を交わしつつ、レンツォは港で馬鹿みたいに手を大きく振る兵士を見やった。
 王子がこうなってしまったことに落胆していても、彼らは王子を微塵も疑っていない。だからこうして、馬鹿みたいにへらへらと笑っていられるのだ。
 拳一つ分ほどの分厚さはあろうかという書類の束を抱え、レンツォは船室に引っ込んだ。なんだかんだでディルートを出るのは久しぶりだ。

「さて、それでは話を聞かせてもらいましょうか」


 ――ホーリーという大きな船の舵は、いったい誰が取るのかと。


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