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 行くぞ、と合図を受けて走り出る。テュールによる突然の奇襲に混乱を来していたその場に、さらなる混乱が生じた。

「なんだテメェは!」

 攻撃の対象が、すぐさまエルクディアに切り替わる。
 シエラはエルクディアの背に、ぴたりと張り付くようにしていた。むしろ、シエラを中心として、エルクディアが円を描くように剣を振るった。
 一人、二人と、次々に向かってくる男達の鳩尾に、剣の腹を叩き込んでいく。雄叫びを上げ、唾を吐き散らしながら攻め込んでくる男達を睥睨すると、エルクディアはぐっと重心を下げて彼らの足下を蹴り払った。起き上がる反動をつけ、一番近くの男に肘鉄を食らわせる。
 どう、と倒れた男達を踏み越え、エルクディアが高く跳躍する。目で追った瞬間、長剣が太陽光を反射し、ぎらりと男達の目を焼いた。曲刀を振り上げたまま目を眩ませた三人の男を一閃で地に沈めると、エルクディアは素早くシエラを自らと壁に挟むようにし、長剣の切っ先を立ち尽くすことしかできない男女に向けた。

「なっ、なんだ、おまえ達は……!」

 青白い顔の男が、震える指でエルクディアを指した。
 テュールは、その隣に立つ男の耳に噛みついている。反狂乱に陥っている女の後ろで、底意地の悪そうな顔をした男だけが、唯一その場で笑みを浮かべていた。

「テュール、そいつらか?」

 エルクディアの静かな問いに、テュールが大きく鳴いた。口から紫色の炎を吐き出し、女の髪を焼く。

「――それじゃあ、話を聞かせてもらおうか」


 瞬間、舞台の開幕を告げるかのように、拍手がその場に鳴り響いた。


+ + +



 拍手がその場に鳴り響く。
 一人の男が、ぱちぱちと手を叩いている。目にかかる前髪を払いのけ、彼はもう一度同じことを繰り返す。俯いた顔からは、なにも汲み取れない。ただただ、静かな拍手だけが長い回廊に音をもたらしている。
 それはけして、賛美の拍手などではなかった。
 豪華な扉は、内側からも外側からも、しっかりと鍵がかけられている。単に扉の内と外というだけではなく、分厚い扉の内部にある錠さえ落ちているあたり、室内にある仕掛けを動かしたことは読み取れた。
 ロルケイト城の守りは堅い。易々と突破を許す城ではないが、いざというときのためにと、扉に隠された錠を施すよう言ったのは彼であった。
 新しく造らせた扉を前に、彼の仕える王子は眉を下げた。

『こんな立派なの、なんだか申し訳ないなあ』
『武力を持たない、どんくさいあなたがケツまくって逃げ出すためには、こうまでしなければならないんですよ。あなたにもっと運動神経というものが備わっていれば、税の無駄遣いをせずに済んだんですが』
『あ、あはははは……。ねえ、泣いていい?』
『どうぞ、私の足下に跪いてお泣きなさい』
『ほんとに泣くよ!?』

 王の息子は三人。その中で最も見劣りし、天賦の才も持たない、平々凡々な王子がシルディだった。そのくせ正后の息子なのだから、運があるのかないのか分からない。
 万が一の日を思い、少しでも非才の王子を守れるようにと、特殊な仕掛け扉を造ったのだ。
 レンツォは扉に掘られた花の蔦に、そっと触れた。柔肌をなぞるように指で辿り、蕾のすぐ近くにある窪みに、つ、と指先を押し込む。
 そしてもう片方の手を、真珠を摘む人魚の乳房へと伸ばす。端(はた)から見れば、異様としか言えない光景だ。するりと胸を一撫でした手は、そのままするすると滑って人魚のへそに落ち着いた。同じように、へその窪みを指で押す。
 扉の内側から、カラン、と軽い音が聞こえた。
 次はイルカの目だ。人魚のへそに押し込んだ指はそのままに、イルカの右目を押す。すると、今度はカラカラとなにかが回るような音がした。
 最後の仕上げだ。
 人魚が真珠を摘み、イルカが花に口づける。それを下から、幼い少女が見上げている。巨大な扉の最下部だ。ぺたりと床に座っているように見えるその彫り物には、足下ゆえか気づく者はほとんどいない。
 レンツォはゆっくりと膝を折った。耳をつけた扉の内側からは、依然としてカラカラと音がしている。
 海の中をたゆたっているのか、それとも逆さまになった空の中で広がっているのか、少女の髪は波打っている。

「……失礼しますよ」

 そこにつけられた髪飾りを、そっと抜き取る。髪飾りの先は中指ほどの長さの棒状になっていた。
 少女の頭を優しく撫でる。カラカラとしていた音が、ガコン、という重厚なものに変わった。
 やがて、内側で歯車が噛み合う音が鳴り始める。しばらく待っていると、それはゆっくりと自動で開いていった。
 中にはなんの変哲もない、見慣れた部屋が広がっている。誰もいない。あちこちで物が位置を変えているが、異変と言えばそれくらいなものだ。



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