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「え? あ、ああ、そっか。――シエラ、昨日の秘書官とのやり取り、覚えてるか?」

 赤毛の秘書官、レンツォの姿がぱっと浮かんだ。

「あのとき、彼が用意したカップは四つ。対して、俺達は三人。テュールの分と考えても、おかしいだろ?」
「……まあ、確かに」
「あのとき、シエラは西、俺は東、そしてあの秘書官が南側に座ってたんだよ」

 エルクディアは空中に逆三角を指で描き、くつりと自嘲じみた笑みを浮かべた。

「あれはおそらく、このホーリーの都市を表していたんだ。西のカップには砂糖が二つ。壊されたのは、そっちの砂糖だったしな。ホーリー西部といえば、ツウィ地方だ」
「……それだけで? あの根性悪が、そこまで考えていたのか? あれだけでツウィにライナ達がいるなんて、どうして分かる。それに、あの男が私達にそれを教えるとは考えられない」
「まあな。……俺だって、そう思ったよ」

 エルクディアが言った。「今のホーリーは、次期王が誰になるかまだ定まってないんだ」沖に一隻の船が見えた。
 継承権はそれぞれの王子に与えられている。王子は三人いた。
 マルセル王もいい年だ。第一、第二王子も領主として十分な働きを見せている。
 この国は、いつ王位争いが起きてもおかしくない状況だった。

「それで、どうして……」
「シルディ王子が間者だなんだって言って処刑できれば、継承権を持つ王子の一人が消える。当然、一緒にいたライナは口封じする必要がある。……でも、『クレメンティア』にこだわってる辺り、すぐに殺されやしないだろうけど」

 ライナはエルガート公爵の令嬢だ。その立場を利用した交渉も可能になってくる。
 だとすればこれは、かなり面倒なことに巻き込まれたのではないだろうか。

「他にもいろいろあるけど、まあ、……あの秘書官からすれば、自分は動かず王子を助け出して、かつ第二王子に一泡吹かせることができれば万々歳ってとこだろ」

 あの秘書官は依頼などしない。これは国と国を介した頼みごとでもなければ、友情だの信頼だのといった生やさしいものからもたらされるものでもない。
 レンツォ・ウィズは、シエラとエルクディアを利用する気でいる。専門の外交官ではない二人がどう動いたところで、仲間を助けるために勝手に動かれたと言えば済む話だ。あの男なら、もっともらしい弁明をしてみせるだろう。相手は神の後継者と騎士長だから、黙って見過ごすより他なかった――とでも言いそうだ。
 利用されていると分かって動くのは癪だが、このままなにもせずに国に帰るよりはましだった。
 そんなとき、ふいに、怒鳴り声が聞こえた。

「――なんだ?」

 喧嘩だろうか。声を辿っていくと、曲刀を手にした屈強な男達が、輪になっているのが見えた。
 誰もがぼろ切れ同然の麻布を着、肌は浅黒く日に焼けている。男達の後ろには、通りからは死角になっている場所に、商船が一隻波に揺れていた。
 その商船のすぐ近くで、小汚い男達とは違い、ぴしっと糊の利いた礼服を着こなす男女が数人、談笑している。
 汚い怒号が強くなり、輪が乱れた。その輪の中から、豊かな巻き毛の人影がまろび出た。細い線からして女性だろうか。
 逃げようとする女性の腕を掴み、男達は船へ引きずり込もうとしている。
 シエラはエルクディアを仰いだ。助けた方がいいのは百も承知だ。それでも彼は、ここで動くことを迷っているようだった。

 突如、シエラの肩に乗っていたテュールが、弾丸のように男達に向かって飛んでいった。
 シエラもエルクディアも、ぎょっとして言葉を失う。小竜は乱暴を働く男達ではなく、身なりの綺麗な男女へと迷うことなく向かっていく。

「テュールっ! エルク、もしかして奴らが……!」
「かもしれない。ちょっと行ってくる。シエラは――」
「私も行く」
「……そうだな。じゃあ、手の届くところにいろよ」

 ぽんっと肩を叩かれて、シエラは瞬きを繰り返した。エルクディアのことだから、「絶対にここで待ってろ」とでも言うと思っていたのに。



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