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 好みではない。しかし、客観的に見て、ラヴァリルは上等な顔立ちをしている。振る舞いによっては愛らしくも、妖艶にもなるだろう。体つきだって、女として極上のものだ。
 自分を好きだと言って追いかけてくる女は、その実、目的のためならば、同じ唇で他の男の名を甘く呼んでみせる。
 ――馬鹿な女。
 一瞬の哀れみが、リースの首をほんの僅かに縦に動かした。途端に彼女の頬が緩む。

「えっへへー……。リースがそう言ってくれるなら、あたし、しあわせだよ」

 ラヴァリルはリースの手を握り締め、言った。

「……だいっじょーぶ。ちゃんと、逃がしてあげるから。あたしが、ちゃーんと守ってあげるから。だからリース、もうちょっと待っててね」

 医務室を飛び出したラヴァリルの足音が、甲高く響いている。それが徐々に遠退いていき、窓の向こうに深紅が駆けていくのが見えた。
 赤は嫌いだ。血の色を思い出す。――あの魔物に刻み込まれた証を、彷彿とさせる。
 身じろげば落ちてくる赤い一房を、何度切り落とそうと思ったことか知れない。そして、思うのと同じくらい、何度もそれを実行してきた。しかし、結果はすべて同じだった。どれだけ切っても、抜いても、血のように赤い髪が生えてくる。
 ボウヤはわらわのモノ。あの女の、ねっとりと絡みつく声音が、そのたびに耳の奥で木霊する。月が満ちるごとに狂いそうになるこの体は、今もまだ、ヒトとして生きながらえている。それがひどく不思議だった。

「……バケモノ」

 それを守ると言うのか、あの女は。ラヴァリル・ハーネットもまた、異質な人間だ。彼女はけして「お綺麗な」人間ではない。
 目を閉じる。正直、病室を移されたことに感謝していた。
 銀に溢れるこの城で唯一それが少ないのは、この場所くらいなものだ。騎士や兵士に囲まれた天然の牢獄とはいえ、力で相手をねじ伏せる者達が集まったこの場所の方が、よほど心地がいい。
 綺麗なだけのものなど見たくない。――自分達が綺麗だと思い込んでいるような連中の姿など、見たくない。
 清浄そのものであるとでも言いたげな銀髪が、ひどく癇に障る。自分達こそが正しいと嘯く口を、思い切り裂いてやりたい。
 ただの人間と異なる力を持って生まれたのは、聖職者も同じだろうに。



「……おや、お目覚めですかな」

 どうやらいつの間にか眠っていたらしい。気がついたときには、外は暗く、部屋には明かりが灯されていた。
 白い軍服を着た中年の男がリースの上体を起こし、強引に薬湯を飲ませてくる。拒否したところで力で勝ち目がないことは、この数日で学習していた。
 人の良さそうな風貌のこの男こそ、十二番隊キャプリコーン隊長のシクレッツァ・ウアリだった。シークと呼んでくれてもいいよ。そう言った声こそ穏やかであるものの、リースを見る彼の目はいつだって鋭い。
 抵抗する間も与えずリースの体の調子を調べていったシクレッツァは、異常がないことを確認すると、満足そうに茶をすすった。

「よきことよきこと。さすがお若い。回復も早いですな」

 まだ四十手前だろうに、随分と年寄り臭い喋り方だ。

「ゆるりと休まれよ。陛下もそれを望んでおられる」
「死なれると困るの間違いだろうが」
「そうとも言いますな。そなたさまに死なれては、魔導師側からなにを言われるか、分かったものではありませぬゆえ」

 本音と建前を巧妙に混ぜてくるあたり、舌戦には慣れているらしい。後方支援が主の十二番隊の頂点に立つ男は、罪禍の聖人を見張るのに適役だったのだろう。
 シクレッツァと入れ替わりに、華奢な女性がリースのもとに夕餉を運んできた。侍女ではない。医官見習いだと言った彼女は、リースがどれだけ冷たい言葉で追い払おうとしても、「だって、これが仕事ですから」と言って、頑なにその場を離れようとしなかった。



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