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「馬鹿な王子があんな小娘と共謀をはたらいて、間諜行為ですか。ちゃんちゃらおかしくて、腹が捩れそうです」
あの馬鹿王子が、よく思い切ったものです。
なにを考えているのかこれっぽっちも分からない声音に、ぞっと背中が寒くなる。からん。無表情のまま、レンツォはエルクディアの前のカップに、氷砂糖を入れた。
「甘やかされて育った馬鹿王子が、これまた甘やかされて育った馬鹿な小娘とつるんで、馬鹿げた理由で拘束たぁ……あまりにも馬鹿馬鹿しい。それが罷り通ると思っている馬鹿と、気を遣って素直に騙されてくれない馬鹿の相手もしなければならないとは、……いやはや、私も馬鹿なことをしていますね」
「……お前、それしか言葉を知らないのか」
「お黙りなさい、馬鹿娘」
からん。
二つ目の角砂糖が、シエラのカップに落ちた。
「教えて差し上げましょうか、後継者様。ここから先は、我々ホーリー王国内の問題です。そしてあなたは、アスラナの人間です。そのお隣のあなたも」
二人を一切見ようとはせず、レンツォは中央のカップに紅茶を注ぎ続ける。高い位置から淹れているせいで、周りにはびちゃびちゃと雫が跳ね飛んでいた。
もうすぐ溢れそうだ。それでも構わず、彼は手を休めようとはしない。
シエラの横顔を、西日が照らす。
「我々の問題は、我々で解決する義務がある。そしてあなた方に、そこに介入する権利はない」
「おい、それ……」
「とっとと帰って、あなた方のものすごーくえらーい保護者に伝えなさい。余計な手出しはせず、そこでふんぞり返って見ていろと。なにせ特別なお国ですからね、あなた方の故郷は」
カップから溢れてもなお注ぎ続ける一種の異常さに、寒気が走る。「おいっ!」訳も分からない恐怖に震えた声で叫んだが、レンツォは聞く耳を持たない。
縋るようにエルクディアを見た。だが、彼とて無機質な表情で、じっと溢れる紅茶を見つめるだけだ。
シエラの膝の上で、テュールが小さく鳴いた。
やがて糸のように細くなった琥珀色の液体が、ぽたぽたと涙を零し、落ちるのをやめた。空になったティーポットを持ったまま、レンツォは椅子を引く。
「馬鹿に馬鹿にされるのは、気に入らないのですよ、私は」
もはや彼の言う「馬鹿」が誰を指しているのか、分からなくなってきた。
そして、レンツォはおもむろに、ポットの注ぎ口でシエラのカップに入っている角砂糖を、抉るように潰した。僅かに残っていた紅茶が、真っ白なそれを染めていく。まるで血のようだ。
恐怖に冷える指先を、テュールがちろりと舐めて慰める。
「……ああ、そうでした。もう一つ、あなた方の素晴らしい王様にお伝え下さい」
ふわり、と。
美しい細工のなされた茶器を片手に微笑む姿は、精錬された貴人のそれより美しい。
だが、レンツォはその人形のような笑みを張り付けたまま、腕を横に薙払った。
「ひっ!」
――ガシャアン!
テュールが窓を突き破ってきたときとよく似た音が、今度は意図的に生み出された。
壁に叩きつけられたティーポットが、粉々になって散らばっている。
ばくばくと早鐘を打つ心臓を守ろうとでもしたのか、シエラは無意識のうちに胸のロザリオを握り締めていた。
もとの乏しい表情に戻ったレンツォが、言う。
「あまり不用意に飛び回られては、銀蠅と変わりませんよ――とね」