3 [ 285/682 ]
感情を表にあまり出さない子だと言われていたあの頃は、どこにいってしまったのだろう。怒りの感情がすぐに表出する。かっと頭に血が上って、気がつけば口から声が飛び出ているのだ。
使者は捕まれた腕を払いのけようともせず、冷ややかに告げた。
「すべてのご判断は、我らが王がなさいます」
あのマルセル王が、そのような判断を下したとは到底思えない。
「ライナは、二人は今どこにいる!? まだこの国を出てはいないのだろう!?」
国家機密を握ろうとしていた間諜だというなら、そうたやすく国外に逃がすわけはない。それくらいはシエラにも分かった。
本当のことは隠されている。どういうつもりかまでは分からない。だが、なにかが水面下で行われていることくらいは、たやすく想像がついた。
エルクディアがなにも言わないことが、ひどく気に障る。この状況で、どうしてなにも言わないのだろう。
さらに使者に食いつこうとしたシエラの肩を、誰かが押さえるように掴んだ。
「アライスさんでしたか? これ以上は埒があかないので、お戻りを。あとは私が対処しておきます」
「――それでは、失礼致します」
「待てっ、話はまだ終わっていない! ライナはどこだ!? いったい、なにが目的でアイツらを――っ」
「聞かない方が身のためですよ、シエラ・ディサイヤ様」
部屋を出る使者を止めようともしないエルクディアが、冷えきった眼差しでシエラを――正確には、シエラのすぐ隣を睨みつけている。
シエラの肩に手を置き、大きく欠伸をしてみせた男は、透き通った灰色の双眸で静かに見下ろしてきた。どれほどエルクディアが眼光きつく睨み据えようが、気にかけた様子すら見せない。
肉厚の薔薇のような、深い赤毛が揺れ動く。簡易ながらも知性を醸し出す文官服を着こなしている彼は、シルディの傍らに控えていた男だった。言葉を交わしたことはないが、顔は覚えている。
視線が絡む。彼はシエラの肩に肘をついて、薄く笑んだ。
「――失礼、私は第三王子付き秘書官、レンツォ・ウィズと申します。単刀直入に申し上げますが、これ以上の詮索は鬱陶しいのでお止めいただけますか」
「なっ……」
「さらに率直に申し上げますと、余計なことはなさらずさっさと帰れ――っと、これは失礼。口が過ぎましたね」
レンツォは顔の横に軽く両手を上げ、シエラから一歩分の距離を取った。エルクディアが腰に手を伸ばしたのが見えたのだろう。
しかし、怯えた様子など微塵も見せずに、彼は横柄に腕を組む。寝椅子(ソファ)の背もたれに浅く腰掛け、窓の外に視線を移している。その表情が笑んでいるように見えて、シエラは小さく舌を打った。
「あなたが王子殿下の秘書官ならば、現状の把握はなさっておいででしょう。先ほどの件が事実であれ戯れ言であれ――、いえ、事実ならばなおのこと、アスラナにおいても対処が必要となります。ライナ・メイデンは、一度こちらの査問会にかける必要がございますので、その身柄の引き渡しを要求いたします」
「――要求、ですか。さすがはアスラナのお客人ですね。随分と傲慢な言葉をお使いになる」
エルクディアを鼻で一蹴し、レンツォは足を組み替えた。
この手の人間は、得意ではない。自分の内は見せないくせに、相手の内にはするりと潜り込んですべてを分かったように振る舞う人間だ。
これがあのシルディの側近なのだろうか。食えないと言えばまだ聞こえはいいが、こうして対峙してみると、食ってしまえば腹から猛毒で侵されてしまいそうな、そんな危うさがある。
喉元に刃を突きつけられても顔色一つ変えなさそうな男は、目がこれっぽっちも笑っていない、表面だけの笑顔でシエラを呼んだ。