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「起きたね。意識もはっきりしてそうだ。声は? 嬢ちゃんの話を聞く限りでは、喋れたみたいだけど。――ああ、喉が乾いてんだね。水飲みな。ほら嬢ちゃん、そこの水差し取っとくれ」

 自分で飲めると虚勢を張れるだけの力はなく、リースは老医師に手伝ってもらいながら水を飲んだ。口の中が潤い、声を出そうとするたびに感じていた喉の痛みが、ようやく引いていった。
 「よかったぁあああ、リースぅうううう!!」支えられていた頭が再び枕の上に落とされ、すぐさまラヴァリルが覆い被さってくる。どすんとした衝撃に、骨が肺に突き刺さるような苦しさを感じた。

「こんのっ、馬鹿女! アンタなに考えてんだ! このまま坊やを殺す気かい!?」

 痛みによって遠のいていく意識に逆らわず、リースは瞼を下ろした。
 今にも泣き出しそうなうるさい声と、ずっと握られたままの手が、あの凄惨な光景とはあまりにも違いすぎて現実味を欠いている。ここは血のにおいもしなければ、海のにおいもしない。
 目障りなあの蒼も見えない。
 次に目を覚ましたとき、自分はどこにいるのだろう。
 牢か処刑台か、はたまたこのまま眠り続けているのか。
 すべてはうるさい女に任せることにして、リースは自分を支え続けていた意識の手を、するりと振りほどいた。


+ + +



 ――断末魔が、響く。 
 その日は海岸沿いの小さな洞窟に魔物が潜んでいると聞いて、小物を三体ほど祓魔した。大した魔物でもなく、シエラだけで十分対応することができた。
 エルクディアとの妙な気まずさも、祓魔に集中していると忘れることができた。
 それになにより、自分達の他にディルートの兵士が数人ついてきている。彼らは魔物と対峙することにやや難色を示したが、本来シエラ達が出歩く目的は魔物を片づけることだ。一人の兵士が小さく笑う。「おれが後継者さまだったら、怖くて逃げちまいますよ」
 ――どれだけそうしたいと思っているか、きっと彼には説明したところで分からないだろう。
 無事に祓魔も終え、シエラ達は日が暮れ始めた頃に、ロルケイト城に戻ることにした。



「――は?」

 一瞬、なにを言われたのか理解できなかった。ロルケイト城の一室で体を休めていたシエラ達のもとにやってきた男の一人が、感情を宿さない口調で、突然言ったのだ。

「シルディ王子並びにクレメンティア様におかれましては、これより、ホーリー全土への滞在が許されておりません」

 王都よりポポ水軍を使ってやってきたという使者は、淡々と、暗記してきた言葉だけを機械のように述べた。
 シルディとライナが、その身柄を拘束された。ライナは、彼女の母国であるエルガートの間諜であったというのだ。ホーリーの王族であるシルディを懐柔し、内側から国家機密を握って、ホーリーをなし崩すもくろみがあったのだという。アスラナで聖職者として過ごしていたのも、それを誤魔化す一つの手段でしかないと。
 堅く遠回しな説明を要約すると、そうなった。
 ――馬鹿げている。
 同盟違反だと使者は言った。しかし、証拠などどこにもないではないか。あまりにも穴だらけで、取って付けたような理由だ。信じられるはずがない。
 言葉を失うシエラの傍らで、エルクディアは一切の表情を消した。

「国外追放された――、そういうことですか?」
「はい。本来ならば死罪を免れませんが、王の寛容なご判断により、そのように――」
「ふざけるなっ! ライナがそのようなこと、するはずがないっ! 第一、シルディはお前達の国の王子だろう!?」

 いても立ってもいられず、シエラは使者に食ってかかった。




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