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「ねえ、ク、――ライナ、今日帰ったら、おいしいお茶、淹れてくれる?」
クレメンティアの淹れてくれる紅茶は、侍女が運んできてくれるそれよりもおいしい気がする。
「それでさ、みんなでお茶会しよう? おいしいお菓子とお茶を囲んで、ゆっくり話し合おうよ。ね? ……だってライナ、シエラちゃんのことも、エルクくんのことも、大好きなんだもんね」
「……知った風なこと、言わないで下さい」
「知ってるよとは言えないけど……、でも分かるよ。だって今のライナ、すっごく泣きそうな顔してる」
くしゃくしゃに顔を歪めて鼻の頭を赤くするクレメンティアは、かわいいという言葉からはほど遠い。
けれど、痛みを押し隠すような表情よりは、よっぽどいい。少なくとも、シルディにとっては。
「仲良しさん全員が、おんなじ考えでいなきゃいけない理由はないんだよ、クレメンティア。違う考えを持ってても、ケンカしても、納得できなくても、それでも好きなんだったら、友達でいていいんだよ」
そりゃあ、少しはつらいかもしれないけど。
でも、とことん話し合って、そういう考え方もあるのだと知るのも楽しいではないか。
「だから、帰ったらちゃんと仲直りしようね。……約束、だよ」
目の前に差し出した小指は、ぱちんと音を立てて弾かれた。
「…………ぽえぽえ王子が、えらそうに」
シルディの右手が、クレメンティアの両手に包まれた。泣き笑いを浮かべて、彼女は言う。
「ばかのくせに」
みんなほんと、僕のことバカにしすぎだよね。
舌足らずな罵倒は思いがけず心地よくて、シルディはだらしなくにやけるのを自覚した。即座に白い眼差しが向けられたが、そんなことなど気にならない。
空気を入れすぎた風船のようになってしまうクレメンティアには、時折こうして、誰かが空気を抜いてやらなければならない。
そうでないと、彼女はとても簡単なことすら見えなくなってしまうから。
「……で、そこまでは、いいんだけど。ていうか、ここで終わってくれたら、僕としてもすっごい幸せだったんだけど」
明らかに周囲の空気が一変する。
動いたのは、背後でシルディ達に付き添っていた兵士達だ。屈強な兵士三人が、二人の前に仁王立つ。
停泊していた一隻の漁船から、数人の男達が降りてきた。
先頭を歩く男の顔には、なんとなく見覚えがあった。痩躯で、文官じみた意地の悪そうな顔つきをしている。その背後を固めるのが、シルディ達の護衛に負けず劣らずの体格をした、五人の兵士だ。皆が皆、揃いの軍服を着て腰に剣を佩いている。
クレメンティアが警戒心に気を張りつめ、シルディの腕を引いた。大丈夫。そんな意を込めて、彼女の手を握り返す。後ずさり、よろめきながらも彼女を後ろ手に庇う。
意地の悪い顔をした男は、そんなシルディを見て冷笑を浮かべていた。
嫌な汗が額を伝う。
この港に来ることを知っていたのは、シエラ達とレンツォ、そして自分達についた護衛の兵士達だけだ。
それが意味することに気がついたときには、もう遅かった。
「ご機嫌麗しゅう、シルディ王子。お会いできて光栄です。そちらはクレメンティア様とお見受けいたします。突然で申し訳ございませんが、我が主がお呼びです。どうか、ご同行を」
ねっとりと絡みつくような声を合図に、シルディ達を守るように立っていた兵士三人がさっと背後に回った。そしてほぼ同時に、残る男達が隙間なく二人を取り囲む。
完全に退路を断たれた。己の判断の遅さに嫌気が差す。
「……うわー、これまたベタな。随分と低姿勢な恐喝だね」
「言っている場合ですか?」