14 [ 279/682 ]

「…………分からない」
「がう?」
「罪禍の聖人が持つ力と、神の後継者が持つ力。魔導師と、聖職者の違い。……そんなもの、私達にしてみれば、どうでもいいんだ」

 脳裏に浮かんだのは村の人間達だ。
 村には小さな教会しかなかった。神の後継者が生まれたおかげで守護は強化されたが、それでも、王都のようにどこを見ても聖職者が溢れているような環境ではなかった。
 都に行くのも一苦労で、結界の外は死と隣り合わせだ。魔物に襲われれば太刀打ちできない。力自慢の若者衆だって、騎士や兵士のように戦闘訓練など受けていない。せいぜい腕の一本や二本と引き替えに、命辛々逃げ出すことくらいなものだ。
 だから自分達は、常々思っていた。自分達を襲う魔物という生き物を退治できるのなら、どんな方法だって構わない。
 命を懸けた場面で、魔物の転生がどうのこうのなどとは言ってられなかった。自分達の生活を守るためならば、手段などどうでもよかった。
 結果から見れば、それは自分達の首を絞めることに繋がるのかもしれない。浄化されなかった魔物の死骸は、さらなる魔を呼ぶ。
 しかし、自分達は今を生きている。現在失われようとしている命の前で、未来の話をするのは滑稽とも言えた。

「ライナの言うことは、正しい。……だが、私には理解できない」
「がうー……」


 貴方はなにも分かっていません!
 シエラ、貴方は一人なんです! ただでさえ危険なんです、それを最初から危険と分かっている人物の側に置くことなんてできません!

 この世に一人なのはリースも同じだ。
 そんなに危険から遠ざけたいのなら、なぜ私が今ここにいる?

 それは、神の後継者という立場があるからで――

 私はそんなもの望んでいない。
 ……だが、そう生きることを強いたのはお前達だ。そして私は、私の意思でそれを受け入れた。
 だから、なにが危険かは私が判断する。ぬくぬくとした温室に放り込まれるのも癪だが、お前達の勝手で危険をより分けられて、そこに投げ入れられるのはもっと不愉快だ。

 そんな――っ、そうだとしても!
 魔導師さんはっ、リース・シャイリーは、聖職者を恨んでいます!

 リースは私達を守った! リースがいなければ、私もシルディも、テュールだって死んでいたんだ!
 ……私には、ライナがなににこだわっているのか分からない。


「……テュール、間違っているのは私の方か?」

 ライナは顔を真っ赤にさせて、大きな目を涙で滲ませていた。けれど、彼女がそれを溢れさせることはなかった。
 思い通りの道を歩ませたいなら、初めからそう仕組めばよかったのだ。けれど聖職者達は、シエラに意思を持てと言った。だから当然、意見が噛み合わないことだって生じてくる。
 ライナと分かれてから、シエラはずっと部屋のテラスで星を眺めていた。一際大きく輝く星が見える。あれを頼りにして、海に出る者達は港に帰ってくるのだという。
 シエラは思う。神などよりも、あの星の方がよほど人々の支えになる。

「がううー!」
「ん? ……ああ、エルクが帰ってきたのか」

 広い部屋に一人でいるのが落ち着かなくてテラスに出ていたのだが、誰か帰ってきたのならわざわざ体を冷やす必要もない。
 しかし、シエラが室内に戻るよりも先に、エルクディアがテラスまで出てきてしまっていた。

「明日はどこを見て回るか聞いたか?」

 いや、とエルクディアは小さく答えた。
 反応が妙に薄かったが、気にせずシエラは話しかけた。けれど返ってくるのは空返事ばかりだ。それでも「ああ」と「いや」程度の違いはあったので、さして問題でもないだろう。
 大きく吹き抜けた風に、蒼い髪がさらわれていった。

「それで、リースのことなんだが――ッ!?」

 背後にエルクディアが立ったのは分かった。いつものように話を進めようとしていたのに、突然言葉が行方をくらます。
 どく、と心臓が大きく跳ねた。
 両腕で拘束するかのように後ろからきつく抱き締められ、頭の中が一瞬にして白く塗り変えられる。

「エ、エルク? どうした、なにかあったのか?」

 なにもこれが初めての触れ合いではない。しかし、だからこそ戸惑いが生じた。
 腕に込められた力や、首筋にかかる吐息、服越しに伝わってくるその体温までもが、今までのものとはまったく異なっていた。
 今まで抱き締められて伝わってきたのは、優しさと安心感だった。守られていると分からせるような、そんなぬくもりがあった。
 確かな安堵が、熱となって互いを行き来していた。
 だが、今は。

「おいっ、なにか言え! なんで黙って……!」

 強引に振り向き、見上げた表情に愕然とする。
 硬直したシエラの頬に、エルクディアはするりと手を這わせた。目元、鼻、唇と、一つ一つを確かめるように指先が辿る。
 新緑の瞳がどこを見ているのか、なにを見ているのか、部屋の明かりが逆光になっている状況ではよく分からない。
 ただ、すべての神経を直接撫で上げられたような、ぞくりとする感覚が全身を支配した。

「える……」

 結局、エルクディアはなにも言わずにシエラを解放した。振り返りもせずに部屋を出ていった後ろ姿を眺め、シエラはいつの間にか止めていた呼吸を再開させる。
 肺に取り込んだ空気は、潮のにおいで満たされていた。



[*prev] [next#]
しおりを挟む


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -