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「ライナも君も、ああ、ユーリ陛下もかな。中身がすごく大人びてる。無理して背伸びしてるって感じでもなくて、なんて言えばいいんだろうね。駆け足で大人になっちゃった、のかな?」
「……別にそのようなことは」
「そう? じゃあ僕が子供っぽすぎるだけー? うわ、それちょっと困るなあ。またクレメンティアに怒られちゃうや」
苦笑して、シルディは夜空を見上げた。
「ねえ、エルクくん。好きなものを好き、欲しいものを欲しいって言えること、すごいと思わない?」
そんなものは抑制の利かない、ただの子供の我儘にしか過ぎない。そう思っているのに、声が言葉を作ることなく吐息となって消えた。あからさまに反応した体に、目の前の王子は気がついたのだろうか。
すべてを見透かしたような言葉の選び方に、少なからず苛立ちが芽生え始めていく。
知っているはずはない。彼になにが分かるというのだ。なにも知らない。敏感になっているのは、自分が意識しすぎているからなのだ。
「クレメンティアはきっと、欲しいって言えないんだよ。小さい頃からずっと、あの子はたくさんのものを我慢してきた。言えない代わりに、言わなくても手に入る方法を無意識に身につけてきたんだろうね。だから手に入らないと分かったとき、どうすることもできなくてあの子は動けなくなるんだ」
嫌われたくないから。傷つきたくないから。だから、あの子はなんにも言わずに笑うんだ。
シルディはそう言うとくすぐったそうに頬を掻き、癖の強い髪を何度か無意味に撫でつける。その仕草はただの時間稼ぎなのだと傍目にも分かったが、エルクディアはなにも言わずに彼の言葉を待った。
「……君は、欲しいって言える?」
肉を断ち切る感触を知らないくせに。断末魔など聞いたことがないくせに。戦場において、自分を手放しそうになるあの感覚を知らないくせに。ぬくぬくと暮らしてきた王子様のくせに、シルディの眼差しは矢のように突き刺さる。
腕に走った鳥肌に気づかぬふりをして、エルクディアは笑みを形作った。感じた恐怖など微塵も表に出さず、大人びたと表現されるその表情で、自分よりも幾分か幼く見える彼に恭しくこうべを垂れ、言った。
「王子になにがお分かりですか」
頭を下げながら言うような台詞ではない。
口にした本人ですら激しい違和感があった。本当は別のことを言おうと思っていた。だのに飛び出てきた台詞は、あまりにも幼稚なものだった。
さぞ驚かせるかと思いきや、一拍と置かずに応えがあった。
「分かるよ。君の気持ちが、とは言わないけど、報われない思いがどれだけ苦しいのかくらい、僕にだって分かる。自分の無力さが嫌で、どうしようもなくもどかしい気持ちだって、僕には分かるよ」
――もしかしたら、君よりも。
きっぱりと言い放つシルディは、頼りない王子様には見えなかった。これでは、どちらが大人びているのか分からない。
「ねえ、エルクくん。もう一度聞くよ。君は、欲しいものを欲しいって言える?」
心から願うものを。
それを口にすることで、内側の柔らかく脆い部分を曝け出すことになるとしても。
それでも欲することはできるのか。
エルクディアは軽く膝を折り、今度こそ丁寧に頭を下げて、言った。
「これ以上のものを望むことは、この身に過ぎた願いにございます」
欲しいものはもう、手に入らないのだから。