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「……それ、クレメンティア達の?」
「王子! ええ、ええ、そうなんです。でも……その、お運びしてもよいものか……」
「あー……うん、あれは、ねえ? もしかしたら、まだお説教中かも?」
「……騎士長さん、とぉってもご立腹でしたもんねえ」

 三人の侍女とシルディが、顔を見合わせて頬をひきつらせた。四人の頭には共通の映像が浮かんでいるに違いない。
 アスラナの騎士長と神の後継者が繰り広げていた、あの光景を。

「他国の、それもお城であんな風になっちゃうなんて、エルクくん相当怒ってたんだろうね」
「シエラ様に対して『首輪つけるぞ!』ですもんねえ」
「でもあたし、ちょっと言われてみたいかも……」
「やだ、ちょっとフィー、あなたそういう趣味があったの?」

 きゃっきゃとはしゃぐ侍女達からワゴンを受け取って、代わりに運ぶと告げれば、彼女達は嬉しそうに頭を下げた。妙に遠慮したりしないのが、この城に勤める侍女の特長だろう。
 カラカラとワゴンを押し進め、シルディはシエラ達に用意した部屋へと向かう。

「……エルクくんが怒るのももっともだけど、でも、目を離したのも問題あるんじゃないのかなあ」

 聞けば、シエラは武器屋でふらっといなくなったらしい。それも見つけたのが危険地域に指定されている路地の近くで、彼女の髪は一部が無様に切られてしまっていた。
 絵描きに襲われた。彼女はそう言った。
 聖職者の血を欲しがり、その血で絵を描く男。魔気に当てられたとしか思えない言動と、狂った行動に寒気が走る。
 よく無事だった。怪我一つしていないだけでも奇跡だ。
 理由を問えば、彼女はなにやら言い淀んでいた。誰かに助けてもらったのかと聞けば、曖昧に頷く。しかしそれ以上は語らない。「私にもよく分からない」の一点張りで、それが余計にエルクディアの苛立ちを煽っていた。
 けれどそれは、大事な護衛対象から目を離したエルクディアに非があると、シルディは思うのだ。
 不安と失態をシエラに押しつけ、ただただ責任転嫁しているようにしか思えない。焦っているのだろうと、シルディはぼんやりと思った。
 彼らには、曖昧な目標しかない。
 魔物を倒せと言われても、どれだけ倒せばいいのか分からない。終わりが見えない。
 なにも考えずに力を奮っていられるのは、下位の者達だ。特にシエラにとって、いつ、なにをすればいいのかが分からないのは、苦痛以外のなにものでもないのだろう。
 それを運命の一言で片づけてしまうのは、あまりにも残酷だ。

『そろそろですよ。あの人が動くのは』
『え? えっと……それは、シエラちゃん達がこっちに来たから?』
『それもあるでしょうけど、一番の理由は例の同盟かと。気に食わないって顔してましたからね』
『あー……、そう、なんだ? ……せめて、みんなが帰ってからだといいけど』

 有能な秘書官は、王都テティスのわずかな変化に気がついている。彼の警告は、ほとんどの場合において正しい。それがシルディにとって、いいことでも、悪いことでも。
 廊下の角に、肖像画がかけられている。それは父王が懇意にしている画家が送ってきたものだ。そこを曲がったところで、シルディは足を止めた。外庭に向かって張り出した露台(バルコニー)に、シエラとライナがいる。それもなにか口論しているようだ。声は届かないが、どちらもがなにかを激しく言い合っているように見える。
 引き返すかどうか迷っていると、シエラがその場から走り去っていった。ぽつん。一人残されたライナの背中が、ひどく小さく見える。



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