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 同じように手が差し伸べられたが、今度は強引に立たせようとはせず、彼はシエラが自ら手を取るのを待っているようだった。「さっさとここから離れるぞ」支えられて立ち上がり、促されるままに路地を出る。
 顔をすっぽりと覆い隠す頭巾つきの外套に、長身の男。彼が追っていた男だとシエラが気がついたのは、海が見える通りまで出てきた頃だった。

「……さっきは、助かった。お前は誰だ?」

 大抵の者なら眉根を寄せる不遜な物言いにも、男は気にした様子はない。少し考えるように空を仰いで、彼はにっと笑った。どうやら答える気はないらしい。
 その代わりに彼は頭巾を脱ぎ、その顔を露わにした。
 頭の高い位置で一つに結い上げた髪は長く、左目に縦に入った傷跡が印象的だった。随分と端正な顔立ちをしているが、アスラナやホーリーの者達とは、造りの雰囲気が異なっている。
 異国の者だろうか。光の加減で一瞬深い青に見えた黒髪が、シエラの目を引いた。

「なぜ、あんなところにいた」

 店の中から感じた神気は、目の前の男からは感じない。それなのにどこか懐かしいような感じさえして、奇妙な感覚にシエラは内心首を傾げていた。
 見たことも会ったこともないはずの人間に対して、このような感覚を覚えるものなのだろうか。

「あそこは偶然……ああ、偶然だな。たまたま通りかかったら、襲われてる嬢ちゃんを見つけた。そんだけだ」

 言いながら、彼はしきりに辺りを見回して、なにかを探しているようなそぶりを見せる。

「……だが、お前からは妙な気配がした」
「妙な気配?」
「神気というか、それに近いような……。とにかく、お前は普通の人間とは違う気がする」

 初対面の人物に対し、こうも食いつくのは珍しい。自分でもそう思ったが、シエラは男の外套をしっかりと掴んで離さなかった。彼はそれをちらと見ただけで、払いのけようともしない。

「神気? ああ、そりゃあ、あの絵だろ」
「絵?」
「ありゃあ、どう見たって血だな。嬢ちゃんの血も使おうとしてたろ。……兄貴以上に悪趣味な奴だ」

 どす黒いあの絵は、血で描かれている。その事実を飲み込むと、心臓がすっと冷たく凍った。
 歪んだ神気は、『聖職者の血』が放つものだったとしたら。あの絵に使われた血の持ち主は、今、いったいどうしているのだろう。
 あの絵描きは魔気に当てられ、狂っていた。心が壊れ、あのような凶行に出たのだ。
 別れ際に、蓼の巫女がなにか言っていたのを思い出す。彼女も注意を促してくれていたのに、なに一つ役に立てようとはしなかった。
 血を使った絵――それも、聖職者の血を用いた絵など、魔物をおびき寄せる恰好の餌だ。意に添わない流血は邪気を呼ぶ。
 あれがどれほどおぞましいものなのかを思い知り、シエラは大きく身震いした。

「で、嬢ちゃんはなんで一人なんだ? 年頃の娘が一人なんてあぶねえだろ。迷子か?」

 俯いたシエラから目を背け、大げさに周囲をぐるりと見回して、彼はにやりと笑った。
 迷子。その一言に、むっと唇を尖らせる。

「違うっ! 私はお前を追ってきただけだ。迷ってなどいない」
「ふーん。じゃあ、帰り道は分かんのか?」
「それは……」



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