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*第17話
様々な長さ、重さの剣がある。風に煽られて荒ぶる炎のような剣身をしたものもあれば、三日月のような形をしたものもある。
一つ一つがとても美しく、けれどどこか荒い印象に仕上がっていて、シエラはそれらに触れていいものかどうか判断がつかなかった。――だからこそ、余計に触りたい欲求が湧き上がってくる。
たくさんの武具や防具が置かれているせいで、店内は狭苦しさを感じさせている。エルクディアはためらうことなく手にとって感触を確かめているが、シエラにはせいぜい指先でちょんと触れるくらいしかできなかった。
手に取って見てみたい。確かにそんな欲求が生まれるのに、本当に触れてもいいものかと躊躇してしまう。美しいけれど、それがなんであるかを知っているがために、恐怖がぷかりと浮かんでくる。
ぼんやりしている間に、エルクディアは潮風にやられた剣の手入れを店主に勧められていた。普段ならば自分で手入れをすると言い張る彼だが、店に置かれている剣の様子を見て、頼んでみることにしたらしい。
一緒に奥まで来いと言われて断ったのは、つい先ほどのことだ。別に特別な理由などない。ただ面倒だったのと、それから、自分でもよく分からない小さな思い。
斬るために手入れが施される様を、まじまじと見ていたくない。
だからシエラはエルクディアと押し問答を繰り返し、店内で残ることにしたのだった。
『だーかーらっ、なにかあったらどうするんだ!? 外は危ない輩も出てきてるっていうし、いいからおとなしくついてこい』
『外に出なければいいだけの話だろう。四の五言わずに、さっさと行ってこい。あまりうるさいと路上で寝るぞ』
『どんな脅しだそれは! あー……くっそ、絶対に店からは出るなよ。いいか、一歩もだ。なにかあったらすぐに俺を呼ぶこと。知らない人に話しかけられても、不用意に近づくな。あと、それから――』
『私は子供か! いいからさっさと行ってこい!!』
そんなやりとりに店主は大笑いしていたが、エルクディアはかなり渋々といった風体で、店の奥へ連れられていった。
剣など預けておいてあとで取りにくればいいと思うのだが、あれはどうやら特別なものらしく、それができないという。
触るなときつく言われていた鏃の先をつつこうとしていたシエラは、ふと、こめかみをちりりと焼くような感覚を覚えた。
敏感な肌をくすぐるようなこの感覚は、強い神気に間違いがない。けれどどこか妙だ。ユーリが放つような強力な神気でもなければ、リースが持っていた罪禍の聖人特有の不安定さもない。
強烈な違和感に唆され、シエラの足は少しずつ扉に向かっていた。外に近づくほどに、妙な気配が強くなっていく。
ほんの一瞬、エルクディアの忠告が脳裏をよぎったが、誘うように強くなった違和感には勝てそうもなかった。
外に出ると、すぐに怪しい人物に目がいった。がっちりとした肩幅の長身の男が、顔をすっぽりと覆い隠す頭巾を被って、足早に路地裏へと駆けていく。
ふわりと香るように感じた神気に、直感が根元は彼だと告げた。反射的に追いかけて、道もよく知らない通りをがむしゃらに進む。
海風、果物のにおい、人々の声。
それらを遠ざけるように、男は細い路地裏へと姿を消した。
どのくらい走ったのだろう。ぜいぜいと息を切らしたシエラは、額に浮かんだ汗を拭って壁に背を預けた。ひんやりと冷えた石壁が、火照った体に心地いい。
「くそ……、テュールがいれば」
小さな竜は、ライナとシルディについている。テュールならば、男を見失うことなどなかったのだろう。
日頃から運動を嫌うシエラにしてみれば、ここまで走っただけでも十分すぎるほどの働きだった。どうしてこうも必死になったのか、自分でも分からない。けれどなぜだか、絶対に追いかけなければならない気がしたのだ。
とはいえ、見失ってしまったのだから、これ以上はどうしようもない。土地勘のない場所でうろつこうと思うほどの好奇心と妙な義務感は、すでに消え失せていた。
さて、帰ろうか。薄暗い路地の向こうに追っていた男の姿が見えないことをもう一度確認し、シエラは踵を返した。
「……………………」
さて。
……さて。
…………はて。
「……ここは、どこだ?」