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「うぐぉっ!?」
「――あ、すまない」
「すまっ、すまないで済むか!! 俺を殺す気か!?」

 なにかを感じ取ったのかエルクディアが素早く身を引いたために、串の先は彼の喉奥をくすぐる程度で済んだようだ。あと一瞬でも反応が遅れていれば、シエラは柔らかなそこに焼き鳥の串を突き刺していたことだろう。
 切実な文句には無視を決め込み、残りの鶏肉を毟り取る。邪魔になった串は、そっとエルクディアの軍服のポケットへ忍ばせておいた。

「あそこにあるのは武器屋か?」
「え? あー……、みたいだな。鍛冶屋も兼ねてるみたいだ」

 カンカンと鉄を打つ音がここまで届く。大通りとは違い、人の減ったこの路地ではその音がとても目立つ。誘われるように店の前まで行くと、店内にはずらりと様々な武器が並んでいた。
 奥の壁には波形の刃を持つ剣や、シエラでは持ち上げることすら難しそうな大剣が掛けられており、店の両側の壁には弓や槍、大斧などが鈍く光を纏って鎮座している。

「入るか?」
「いや、あんまり時間もないし、別に……」

 そうは言っても、エルクディアの視線は店から動かない。

「なら行くか?」
「うん、そうだな……」
「…………」

 中途半端な返事に、シエラは小さく舌打ちした。一歩下がり、腕の中の荷物に注意しながら、エルクディアの膝裏あたりに蹴りを叩き込む。
 彼は驚いて前によろめいたが、そのまま崩れ落ちるような無様なことにはならなかった。

「入るぞ」
「えっ? あっ、おい、シエラ!」
「見たいのが丸分かりだ馬鹿! ぐだぐだと鬱陶しい、男ならさっさと決断しろ!」
「いつからそんな男前に……って、そうじゃなくて! 一人で行くな、ちょっ、鏃(やじり)を素手で触ろうとするな! ッ、レイピア振り回すな頼むから!」


+ + +



「……あら?」
「どうかシタ?」
「いいえ、なにも。なにか聞こえたような気がしただけ」

 一切の光を遮断する暗幕の向こう側で、しとしとと切ない音がしている。壁を這う蔦はさぞ喜んでいることだろう。
 久しぶりの雨だ。道理で体が軽いはずだと、レイニーは肩を回した。
 アスラナ王国の王都クラウディオは、生活する分にはなに一つ不自由を感じない。人が多く、道も多い。加えて様々な気が入り交じったリロウの森近くでは、レイニーの持つ魔女の力だけを特定されることもない。
 人が多ければそれだけ人間に混ざることが可能だし、道が多ければこっそり住居を構えても目立たない。現に、王都の裏通りはまだ整備されていない場所も多いので、こっそり次元を歪めて家を構えていた。
 一応店として機能させているから、レイニーの存在を知り、明確な意思を持って訪ねてきた者だけが辿り着くように細工している。そうでない者が店の前を通ったところで、そこはなにもない空き家か、ただの壁に見えるだろう。
 老いが遅い魔女の身でも、ここならばひっそりと暮らしていける。不自由はない。ただ一つ不満だったのは、この土地が彼女の生まれ育った場所よりも、雨があまり降らないことだった。
 雨は好きだ。頭のてっぺんからレイニーの中に染み込み、溜まっている汚れを洗い流して、清浄な気を残していってくれる。
 レイニーが得意とする特別な魔法が使えるのも、雨が降っていればこそだ。
 螺旋階段の一番上でまどろんでいた騎士たる猫(サー・キャット)のスカーティニアが、突然細かく耳を動かした。頭をもたげ、大きな欠伸を一つして、一階で薬を掻き混ぜていたレイニーの肩に飛び移る。

「スカー? どうしたの?」
「誰か来たワヨ。一ノ門をくぐッタ。ふァ……、ただのお客サンかしラ?」



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