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「あの……大丈夫ですか?」

 老人を助け起こし、長椅子に座らせてやったところで、彼は初めて二人の存在に気がついたようだった。支えてくれたエルクディアに謝辞を述べ、襟を正して威厳を取り戻すようにゴホンと咳払いを一つ。

「わたくしはルタンシーン神殿に仕える神官、ゴルドー。御髪から推測するに、あなた様方は姫神様とアスラナの誇る騎士長様でございましょう。聖なる国ホーリーに与えられし海神、ルタンシーン様を奉る我が神殿は度重なる戦禍や災害をも耐え抜き、この地より海に出る者達の安全と――……」

 老人の話は総じて長い。特に権威ある――または自分でそうだと思いこんでいる――老人ならば余計だ。それを途中で遮ろうものなら、途端に機嫌を損ねてしまう。
 すぐさまうつらうつらと船を漕ぎ始めたシエラに構わず、ゴルドーはホーリーの歴史やら神殿にまつわる出来事をつらつらと語って聞かせてくる。
 シエラの寝息が立つ直前、ゴルドーはぱんっと手を打って血相を変えた。

「そっ、そうだ! 蓼巫女様! 蓼巫女様を追わねば! 失礼っ、まだまだ話を聞きたいとは思いますが、わたくしは巫女様を探さねばなりませんので、これにて失礼いたします!!」

 重たそうな服を引きずって、ゴルドーは颯爽と――あくまでも、本人からすれば颯爽と――、巫女の走って逃げた方へと走り去る。
 残された二人は、なんだったんだと顔を見合わせるより他になかった。



 巫女の言っていたことは、どうやらあながち嘘でもないらしい。人々は神の後継者の存在に、必要以上の安心感を得ているようだった。
 元々が楽天家の多いホーリーだ。一人明るくなると、周りの三人がつられて明るくなる。
 次々に声をかけられ、食べ物や花やらを差し出されるがままに受け取っているうちに、シエラの両手はいっぱいになってしまった。
 持ってやろうかと言いたくても、エルクディアは両手が自由になる状態でいないと意味がないため、ほんの少し手伝う程度にしか荷物を持てない。
 大半が食べ物であったことから、さっさと消費してしまえばいいのだという結論に至ったが、中には調理しないと食べられない食材もあるので城に持ち帰らないといけないだろう。
 最初から断れなかったのは、あまりの熱気に気圧されたからだ。最初は危ないからとシエラから距離を取らせていたエルクディアだったが、商人達の勢いはおいそれと止めることなどできず、結果として現在のような状態になっている。
 エルクディアは毒味も含めた検分をしたいために城にすべて持ち帰ることを提案したのだが、振り向いたときにシエラはもうすでに骨付き肉を頬張っている最中だった。
 そして今、シエラは魚を揚げた串に口をつけている。

「……なんで我慢できないかな、お前は」
「うるひゃい。うみゃそうだったにょだから、仕方にゃいだりょう」
「口にもの入れたまま喋らない。それにほら、タレついてるだろ。違う、そっちじゃなくてこっち」

 伸びてきた指に、乱暴に口元を拭われる。同じことをしてやったら、きっとかなり痛いだろうな。ぽつりと漏らしたその一言に、エルクディアは大きくため息をついた。
 行儀悪く食べ歩きをしながら話を聞いて回ると、町を騒がせた魔物はここ最近めっきり見なくなったらしい。その代わりに、不審者がうろつくようになったという。
 魔気にあてられた者が精神を害したのかもしれない。だとしたら、聖職者の手によって治療が必要だ。大通りから少し離れた通りでよく見かけるという情報から、シエラ達は一本進んだ路地へと入った。
 そこには小さいながらも店が建ち並んでいる。店舗の階上は居住区になっているらしく、頭上ではあちこちで洗濯物が踊っていた。
 はむ、と今度は焼き鳥にかじりついたところで、強烈な視線を感じた。なにか言いたそうに見ているくせに、エルクディアはなにも言ってはこない。
 ああそうか。両腕に抱えた荷物を落とさないように気をつけて、シエラは串をエルクディアに突きつけた。

「お前も食べたいならそう言え。ほら」
「違う。断じて違う。そしてなによりも串の先端が鼻に突き刺さりそうで怖いんですがシエラさん」
「遠慮するな。食え」

 正直言えば味に飽きただけなのだが、この上ない親切とばかりに押しつけてみる。背伸びをしてぐいぐいと口元に串を近づけてやると、エルクディアは不自然に目を泳がした。
 食べかけが気に入らないのだろうか。ならいい、と引っ込めようとしたとき、彼がそっと顔を近づけてきた。
 「まったく、お前は……」なにやらぶつぶつ言いながら、目を伏せて口を開け、身を屈めてくる。――そんな彼を見ていると、ふいにアビシュメリナで再会したときの光景が脳裏でよみがえってきた。
 汗と埃と、海水やらなにやらが混ざりあった複雑な臭いの奥にあったぬくもりを思い出し、衝動的に手が動いた。



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