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「わしは蓼の巫女。タデとは、蓼食う虫もなんちゃらかんちゃら、のタデですー。由来はあんまし訊かんでくださいませ。ところで姫神……いやいや、シエラさま。わしの言葉、きれいに聞こえてはりますか?」
「なにをもって綺麗とするのかは分からないが、会話が成り立っているのだからちゃんと聞こえている」

 一つ頷くだけで済むところを、無駄に長々と答えてしまうのはシエラの悪い癖だ。そのくせ長く喋ってほしいときには、一言程度で済ませてしまうのだからたちが悪い。
 エルクディアのため息の意味を理解せぬまま、シエラは巫女の言葉を待った。

「ならよかったですー。わし、出身が田舎なもんで、共通語習い始めたんはつい最近なんですよ。やし、話し方が変やってよく言われるんですー」

 確かに、言われてみれば訛りだとか抑揚だとかに違和感がある。舌足らずの子供のように喋っているかと思えば、時たま遊女のような口調になったり、いやにはきはきした喋り方になったりする。
 けれど意志疎通する分には問題がないので、シエラには特に気にならなかった。
 ちょうどいいと言わんばかりにエルクディアが魔物について尋ねると、巫女はからころと音のする木靴で地面を軽く蹴りながら店の並ぶ大通りへ視線を向ける。
 胸元で組まれた両手が、まるで祈るようだった。

「この町にも、魔物は来とったんですー。今朝まではおもーくくるしーい雰囲気やったんですけど、急にいつもの活気が戻ってきて。なんでかお分かりになります?」
「…………さあ」
「あなたが来はったからですよ、シエラさま。姫神さまになられるお方がいらしたなら、もう大丈夫。みんながそう考えて、いつもの町に戻ったんですー」

 巫女がおもむろにシエラの左手を取り、そっと指先に唇を押しつける。柔らかな感触に驚いて手を引くと、彼女はからからと声を上げて笑った。

「巫女として、あなたを支える柱の一つとなりやしょう。その御身を源たる創世神さまへと無事にお届けするがため、わしとわしの仕える神の一部を、あなたの道しるべといたしやしょう」

 鈴の音が鳴り響く。
 それは賑やかな海辺の町にも、大きく響き渡った。

「けんどシエラさま、どうかお忘れなく。あなたは神となられるが、その御身は神にあらず。人の身であられることを、ゆめゆめお忘れなきよう。……まあこれは、すっかり忘れてたわしが言えたことじゃないんですけども」
「ご忠告痛み入ります、蓼の巫女殿。時間が許せば、そちらの神殿にお伺い致します」
「いつでもいらしてください。……ああ、そうそう。シエラさま、気をつけてくださいね。最近の魔物騒動で、ちょいとおかしな輩が出てき――」
「巫女様ぁあああ! 蓼巫女様ぁああああ! 見つけましたぞぉおおお!!!」

 突如として放たれた大声に、三人とも驚いて顔を上げた。人波を掻き分け掻き分け、ぜいぜいと息を切らしながらやってくる老人は、どうやら蓼の巫女に用があるらしい。
 彼の言語はホーリー語であるため、シエラには理解できない。しかし彼の様子と巫女の反応を見る限り、彼女を呼んでいることには間違いがなさそうだ。

「――とまあそんなこんなで、おっかしー輩が出てきとるですー。ですから、十分身辺にはご注意なさってくださいね。では、わしはこれで!!」
「えっ!?」

 潮の香りがぐっと近づいたと思ったら、頬に柔らかいものが触れて離れた。ちゅっ、とご丁寧にも可愛らしい音を立てて離れた唇は、ほんの数秒で遥か遠くまで駆けていった巫女のものに違いない。
 頬を押さえて目を白黒させながら後ろ姿を眺めることしかできないシエラの前に、これまた動きづらそうな服で全身を固めた老人が崩れるように座り込む。
 オーギュストよりも年上なのか、真っ白な髪と長い髭、くっきりと刻まれた深いしわが印象的だ。
 ぜいぜいと苦しそうに呼吸を繰り返す様を見ていると、このままあちら側へ旅立つのではないかと不安になってくる。

「はぁっ、はぁ……あンのクソアマ、巫女服ひん剥いてケツぶっ叩いてくれようか……」

 切れ切れになりながら吐き出した老人の言葉は掠れており、なおかつ共通言語ではないため内容までは分からない。多少の他国語なら理解できるエルクディアも、小さな呟きまでは把握することができなかったようだ。
 理解できてしまったら、きっとそのことを後悔したに違いないけれど。



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