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「ほら、安いよ安いよー! 今ならとれたての鮮魚が三尾でたったの五ルディ! そこのおねーちゃん、夕食にどうだい?」
「はいはい、こっちの野菜も見てっとくれ! 王宮御用達の農家から直接買い取った新鮮野菜だよ! ポポ水軍で輸送した産地直送さ!」
「こっちの魚の方が――」「いや、うちのが――」

 世界共通語とホーリー語が混在してわんと鳴り響く喧噪に、シエラとエルクディアは二人仲良く足を止めた。
 ホーリー王国にやってきて初めて見た港町に比べれば規模は小さく、人々の絶対数自体は少ない。けれど、ロルケイト城の城下町で見た陰鬱とした雰囲気がこれっぽっちも感じられなかった。
 わいわいと賑わう港町の商店(マーケット)。葬式でも行っているのかと勘違いするほどの暗い雰囲気の町から離れて、まだ半日と経っていない。それなのにこの違いはどういうことか。
 呆然とするシエラの前に、顎の線でまっすぐに髪を切り揃えた少女が、踊るようにやってきた。念のためか、すぐさまエルクディアが前に出る。

「ども! 姫神さまですかー?」
「ひ、ひめがみ?」

 初めて聞いた呼称に戸惑いを隠せない。助けを求めるようにエルクディアを見上げると、彼は初めて会ったときのように『綺麗なだけ』の笑顔を顔に張り付けていた。
 少女は彼の笑顔には不似合いの痣を見て、不思議そうに首を傾げる。

「あなたは、この町の方ですか?」
「へっ? ああ、わしのこと? うん、そう。あっちの奥の、ひろーい通りを右に行って、それから多分……左に行ったとこ辺りにある神殿の巫女やっとります。姫神様が来られたって聞いて、飛んで来たんですよ」

 そう言ってその場でくるりと回った少女は、ひらひらとした半透明の長布を羽に見立てて、羽ばたくような動作から深くお辞儀をし、歯を出して笑った。
 挨拶されて初めて、彼女の服装をまじまじと見る。ゆったりとした上衣は前袷(まえあわせ)で、色は白。中に空気が入りやすいのか、同じくゆったりとしたズボンは足首できゅっと縛られており、色は濃紺だ。
 複数箇所に紐やボタンがつけられており、シエラからしてみれば着方も脱ぎ方も分からない不思議な衣服だ。腰に巻き付けた帯は、背中で花のような形に結ばれている。

「……おいエルク、巫女とはなんだ」

 軍服をくいっと引っ張って、小声で問う。
 アスラナにも神殿は多くあるが、そこに仕えているのは男女共に神官だ。もしかしたらそうではない場所もあるのかもしれないが、シエラには巫女というものがなんたるかの知識が備わってはいなかった。
 少女には聞こえないように言ったつもりだったのだが、どうやら耳に入ってしまったらしい。彼女はくすりと笑ったが、口を挟もうとはしてことなった。

「俺も詳しくは知らないけど、神官の代わりに神に仕える女性のこと……だったんじゃないかな。アスラナでは聖職者、特に神官が神殿にいるのが主流だけど、聖職者が少ない地域の神殿では聖職者としての力を持たない人間が神殿に仕える。魔物が現れる以前は力のあるなし関係なく神官って呼んでたらしいから、今は便宜上分けてるだけって考えればいいんじゃないか?」
「なら、やっていることは神官と変わらないということか」
「そうなんじゃないかな、多分」

 動きにくそうな服の少女は、満面の笑みで頷いた。「まあ、そゆことですー」体の線がまったく出ない服装であるにも関わらず少女だと一目で分かったのは、彼女の放つこの空気のためだったのかもしれない。
 ふわりとした笑みは、周りを和ませる。通り過ぎる何人かが彼女に向かって笑顔で手を振り、彼女もまたそれに応えていた。
 巫女は分かった。だが、その巫女が一体なんの用なのか。訊くと、彼女はどこからともなく取り出した鈴の束をしゃあんと甲高く打ち鳴らし、その場でくるりと回る。

「わしも神に仕える身。創世神さまのお後を引き継ぎなさる姫神さまには、ぜひぜひお会いしとかないとと思ったんですー。わしが仕えとるんは、海神さまなんですけどね」
「……私は姫神などではない。シエラだ」
「おっとと。でしたねでしたねー、姫神さまはまだ姫神さまでおられない。そんならシエラさま! っと、それからそちらは……」
「エルクディア・フェイルス。お見知り置きを」
「エルクディアさま! はいはい、なるほど、お噂はかねがね。お顔の傷はどうされたのか訊いても? ああいや、やっぱりやめときましょ。余計な詮索は巫女として慎むべしと言われとるもんで」
「助かります。あなたのお名前を伺っても?」

 屈託なく笑っていた巫女の表情が、急に引き締まった。そして瞬時に、成熟した大人の女性が浮かべるような、妖艶な笑みを唇に刻む。

「わしはわしの魂を捧げた神にのみ仕える身。おいそれと名を口にすることはできやせん。ゆえに、わしのことは『蓼の巫女』とお呼びくださいませ」
「タデの巫女?」

 立ち話もなんですからと、自らを蓼の巫女と名乗った少女は、潮風に衣をはためかせて場所を移ることを提案した。
 とはいってもどこかの建物に入るわけではなく、彼女が指で示したのはその場からほんの少し先にあるちょっとした広場だ。
 そこに設置してある木製の長椅子にシエラ達を座らせ、彼女は立ったまま話を続ける。



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