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エルクディアと剣を交えていた男がじり、と僅かに動く。そこで生じた隙を見逃すまいと、エルクディアの剣が戦慄いた。
素早く薙ぎ払われた一閃によって、相手の剣が耳鳴りのような音を立てながら宙に舞う。
動じた様子もなく体術で立ち向かおうとする彼の首に、ひたとエルクディアの剣の切っ先が突きつけられた。
一瞬、その場から一切の音が掻き消える。
「――参りました」
静かに、しかしはっきりと告げられたその宣言に、わっと歓声が沸き起こった。
びりびりと鼓膜を震わせる大声量にシエラが眉を顰めて片耳を塞ぎ、手の甲で汗を拭うエルクディアを見る。
飴細工のようにきらきらと輝く金髪を掻き上げる様は、騎士というより上流貴族のようだった。だが手に握られた確かな獲物がそれを否定しており、声をかけられるたびに屈託なく笑う表情は剣を振るっていたときのそれとは全く違う。
そしてふいに、新緑の双眸がこちらへ向けられた。
そのまま通り過ぎるかと思われた視線が、驚いたようにシエラで止まる。
「シエラさ――っと、シエラ、どうしてここへ?」
シエラ様、と言いかけてエルクディアは慌てて口元を押さえ、砕けた口調に直してから問いかけた。鞘に剣を収めて彼は近づいてくる。
シエラという単語に反応して、彼女の存在に気がついていなかった者達がほんの一瞬ざわついた。けれどそれも瞬き一つ分の間のことで、皆礼を取ってかしこまる。
その様子を横目で見ながら、シエラはずんずんとエルクディアに歩み寄る。しかしそれは、彼女の意思ではなかったのかもしれない。
というのは、彼女はここで彼の元へ向かおうなどとは全く考えていなかったのだ。だが自然と足が彼の方へと向き――そうまるで引き寄せられるかのように――、鍛錬場の中央で注目を浴びるはめになってしまった。
「……別に用などない」
「散歩でもしてるのか? 供の一人もつけないで」
そう言ってエルクディアは、「ライナはどうしたんだ」とシエラの後ろを覗き込むような仕草をした。
そこに誰かがいるはずもなく、見慣れた城内まで続く中庭の白亜の道が伸びているだけである。つんと鼻に届いた汗のにおいに眉を寄せたシエラだったが、特に気にした風もなく首を左右に振った。
「ライナは今、あの……ユ? ……国王と話をしているはずだ」
「ユーリ・アスラナ、な。――けどユーリとライナが? おかしいな……シエラ、ユーリから披露会の話は聞いたか?」
「披露会? なんだそれは」
国王の名前をすっかり忘れていたシエラがエルクディアによって思い出したところで、彼女の脳内は新たな疑問で埋め尽くされてしまった。
エルクディアの発した披露会という言葉、まるで今までに聞いたこともないという風に彼女は眉根を寄せる。
その表情を見て、彼は驚きと若干の怒りが混ざったような顔をした。
端整な顔立ちを僅かに歪め、そびえ立つ城の一室を睨み上げて嘆息する。
ちらちらとこちらを窺う周囲の騎士達に「各自鍛錬に戻れ!」と一喝するように告げると、蜘蛛の子を散らしたように騎士達は各々の鍛錬に取り掛かる。
今ではもう、シエラの髪や瞳に投げられる視線は一切なかった。
すっとエルクディアはシエラに手を差し出す。
何事かと思って彼女が手のひらを眺めていると、彼は苦笑しながら手を引っ込めて「場所を変えよう」と告げた。そのまま自然に彼は肩に手を添えたのだが――そしてそこには他意など皆無だった――、シエラは出された水を必要ないと断るのと同じ調子でそれを払い除けた。
真っ直ぐに見上げてくる金の双眸を見て、エルクディアがぱしぱしと瞬きを繰り返す。
「悪い、気に障ったか? ええと……そうだな、この先に花の宮って呼ばれる庭園があるんだ。そこに行かないか? 今頃は確か、ケリアの花が綺麗に咲いているはずだし」
「別にどこでも構わない。それよりさっさとその不愉快な“会”について説明しろ」
「…………了解」
シエラの隣にぴったりと寄り添うようにして歩き始めたエルクディアは、首筋に光る汗を拳で拭うと、肺の中を空にするような勢いで大きくため息をついた。
頭上には恨めしいくらいに澄み切った青空が広がっている。
そう、恨めしいくらいに。
「……ユーリの奴、俺に全部押し付ける気か…………!」
小鳥が一羽、のんびりと木の上でさえずった。