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「どういうことですか、陛下。シエラと会って直接説明がしたいと仰ったのは陛下、貴方ご自身ですよ」
「ああそうだったねぇ。だけどライナ嬢、あの子はここにいるのは嫌そうだったろう? 女性に窮屈な思いをさせてはいけないよ」
「なにも知らないシエラに一人で城内散策を勧めることが、窮屈な思いをさせないための解決策ですか? 慣れている者ですらこの城内では迷います! それを貴方は……っ」
「ではライナ嬢、なぜ君は止めなかったのかな」
「それ、は」

 ふつり、とライナの喉から言葉が消えた。
 自分を睨むように見上げる少女を見て、ユーリは胸中で満足そうに笑う。この強い眼差しがなによりも好きだ。
 媚びず、縋らず、ただ己を確立して前へ進むアールグレイの双眸が昔から好きだった。
 国王という権力や、国一の美丈夫という一切の肩書きに囚われないで接する者は数少ない。
 その貴重な人物の中にいるのが、目の前のこのライナであり、今は騎士館にいるであろうエルクディアだった。そしてその中に新たに加わりそうなのが、先ほどの少女――シエラ・ディサイヤだ。
 かつんとユーリは聖杖を打ち鳴らし、思案に耽るライナの思考を遮った。
 もうなにも考えなくていい。そういった意味合いの目で見つめれば、彼女は仕方なしといったように浅く息をついて口元に手を添える。
 納得がいっていない風情ではあったが、それ以降彼女が自ら口を開くことはなかった。

「――披露会の話だったね」
「ええ。もうすでに民衆には連絡が行き届いているようですけど、いいんですか? シエラになにも話さないままで」
「構わないよ。きっとエルクが誠心誠意、愛を込めて話してくれるさ」
「……つまりはエルクにすべてを押し付ける、というわけですか」

 ユーリは答えない。
 ただにこやかに、万人を魅了する笑みでライナを流し見ただけだった。


+ + +



 優しい香りが流れてきた。かつん、と高い音を一際響かせ、シエラは長い廊下の中腹で足を止める。
 くるぶしの辺りをくすぐるドレスの裾が鬱陶しく感じられたが、今はそれよりも鼻腔をくすぐるこの香りの方が気になった。
 大きく首を左右に巡らせて辺りを探るも、左手には庭。右手にも庭。中庭の中央を通る廊下に差し掛かっているのだが、これと同じ状態を何度繰り返したことだろうか。左右に見える景色は違えども、行くたび行くたび庭に挟まれた道を歩いているような気がする。
 アスラナ城はシエラの予想を遥かに超えた広さで彼女を翻弄し、道も知らぬまま突き進む彼女を嘲笑うかのように美しい光景を見せ付けていた。
 白い柱に背を預け、深く息を吸い込む。どこか落ち着かないのは見知らぬ場所で一人だからだろうか。そう考えて小さくかぶりを振り、再び前を見据えた。
 観察するかのような衛兵達の視線が痛かったが、それを気にするようなシエラではない。
 時折ひょこんと足首を傾かせながら、それこそ知った道を行くかのように堂々と歩み始めた。
 やがてしばらく行ったところで、ヒールが廊下を叩く音とは別の音が耳に流れ込んできた。きぃん、と甲高い音は金属を打ち合わせたような音で、それに重なるようにして地を揺るがすような咆哮が聞こえる。
 これは騎士だ――ほぼ直感的にそう判断し、シエラの足は無意識のうちにそちらへと向かっていた。
 中庭に出て小さな池の脇を通り、芝生の感覚を足裏に感じながら進む。次第に大きくなっていく音と声に、導かれるようにして彼女は進み続けた。

 そして整然と植えられた木々の向こうから顔を出したのは、先ほど部屋の中から見下ろした大きな建物――騎士館だった。
 剣を打ち鳴らす音は、どうやらその横に隣接された鍛錬場から響いてくるらしい。シエラの姿を見るたびに目を丸くさせ、反射的に頭を下げる彼らは皆似たような服装をしていた。腰に佩いている剣の柄が眩しい。
 誰一人として知っている者がいない中、シエラは臆することなく開放的な造りの鍛錬場へと足を向けた。見張りの衛兵がぎょっとした顔をするが、蒼い髪と金の双眸を見て口を噤み、恭しくこうべを垂れる。
 そんなものには目もくれず、中をひょいと覗き込めば、そこにはまるで舞うように剣を振るうエルクディアの姿があった。
 鍛錬とはいえ、手にしているのは真剣のようだ。陽光を弾く銀の刃はきちんと研ぎ上げられており、少しでも肌の上を滑れば赤い線をつけるだろう。
 しゃん、と金属の擦れ合う音が鳴り、鍔迫り合いとなる。
 相手を見据えるエルクディアの双眸はひどく静かで、そして鋭かった。新緑の緑は深みを増し、賢い獣のように相手を眼光だけで捕らえている。
 それまで歓声を上げていた周りの騎士達でさえしんと静まり返り、シエラもまた、無意識のうちに呼吸さえ忘れるほど見入っていた。



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