13 [ 255/682 ]


「永世中立国家がなんたるか、ご存じないわけありませんよね? いくらあなたがお馬鹿さんでも」
「……あの、あんまりバカバカ言わないでほしいなあ。傷つくから」

 そろそろ苦しいんだけど、といううめき声すら無視し、レンツォは滔々と続けた。

「ホーリーが中立国だってのは、諸外国も認めてるんですよ。あっそー、へー、ふーん、まあいいんじゃね?、程度のノリで認めたわけではないんです。中立国になるために、一戦どころか二戦三戦交えたのだって、知らないわけじゃないでしょう」
「……うん。中立の立場をとるってことは、いざってときに手助けしてもらえないってことだよね。だから、ホーリーはホーリーで強い軍事力を持つ必要がある――って習ったけど」
「ええ、その通りです。つまりは、ベスティアやプルーアスが攻めてきたって、アスラナからの支援はしてもらえないわけです。してもらえないどころか、いらねぇよそんなもんと断ってしかるべきなんですよ」

 ぺらり。書類を天井にかざし、レンツォは重いため息をついた。その瞬間、ぐっとシルディの背中に圧力がかかる。

「ちょっ、れんつぉ、くるし……っ!」
「他国の軍が我が国の領土を通過することも、船舶の寄港も、本来ならば認められない――、認めてはいけないはずなんです。しっかしアスラナは、三国聖同盟の名の下に、それを実行しようとしている。分かりますよね? 絹を運びますよと言いながら、実際に運ばれてくるのはむさっくるしい野郎共なわけですよ」
「……それって、同盟違反だよね?」
「それを違反とさせないのが、今回の同盟ですよ。……まあ違反だと騒いだところで、あの大国を相手にするだけの武力も利もありませんが」

 それを見越していて打って出るやり口が気に入らない。このままなし崩しに永世中立国家の撤回すら求められそうな――いや、そもそもそんなものがなかったことにされそうな――気さえして、不快で仕方がない。
 現王であるマルセル・ラティエは争いを好まない。平和主義と言えば平和主義だ。しかし、国そのものは戦闘放棄などしていない。

「表立って力でねじ伏せようとしなくとも、力を持った国が優位なのは確かです。穴だらけで脆いくせに……『すごい国』ですよ、アスラナは」
「……うん、そうだね」

 こんな調子だから、レンツォはアスラナが嫌いなのかと尋ねたことがあった。けれど彼は真顔で首を振ってこう言ったのだ。「私は、この国が好きなだけですよ」と。
 美しい海に囲まれたこの国が愛しい。水と暮らす人々が愛しい。だから汚したくはないし、汚させるなんてもっての他だと彼は言った。
 
「――あ、そういえば。ねえ、レンツォ。最近リオン見ないけど、元気なの?」
「あの女狐ならプルーアスに長期休暇中です。白湖あたりで男でも引っかけているのでは?」
「いやいやいや、その言い方はあんまりだからね? って、プルーアス?」

 リオン・アヴェノは、元傭兵の文官だ。優秀だがまだ経験も浅いので立場は強くなく、公務において大きく関わってくるような存在ではない。
 しかし叩き上げの傭兵時代、若さと美貌からかなりの注目を浴びていた人物だ。レンツォとは旧知の仲らしく、よく一緒にいたのをシルディも覚えている。
 戦場で足に矢を受け、左足に僅かに障害が残ったために剣を置いたが、今度は役人として国に貢献すると決めたらしい。
 素性がはっきりしないことと、本人の異国風の妖しい外見から出世は難しいと考えられていたが、今ではレンツォ直属の部下にまで成り上がってきた。
 そのリオンが、突然の長期休暇でプルーアスに赴いているという。

「……リオンの作ったパンケーキ、また食べたいな」
「帰ってきたら作らせましょう」

 書類の束を纏めながら言ったレンツォは、薄く笑みを浮かべていた。


back

[*prev] [next#]
しおりを挟む


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -