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「忌々しい、呪わしい! 人間風情がなんと小癪な! その身一つではなにもできぬと震えるくせに、群れると途端に牙を剥く! 青虫とて、所詮は繊弱な人の身ではないか! わらわは知っておるぞ! 幾度も幾度も、実に愚かしい歩みを繰り返してきた阿呆共を! そなたらとて、じきに同じ過ちを犯すに違いないわ!」
「――口数の多い奴だな。なにを言われようと、お前が魔物である限り祓魔する!」
「かような戯言は聞き飽いた! 同じことしか言えぬ愚鈍よ、かような台詞、己に言い聞かせておるとしか思えぬ。本心は別のところに――」
「うるさいっ!!」

 シエラの一喝と同時にエルクディアが斬りかかり、背後からライナが防御壁で支援する。流れを途切れさせぬよう攻撃呪を唱え、女の気を分散させたところで、エルクディアが氷塊を叩き割った。鋭いガラス片のようなそれが闇の中に散っていく。
 憤怒に顔を醜く歪め、髪を振り乱して鋭い爪を闇雲に振り回す女の力も、もう少なくなってきているのだろう。
 果てのない闇を形作っていた結界の端が、ゆらゆらと揺らぎ始めていた。軍をなす蜂がほろほろとばらけていくように、結界と現世の境界が崩れていく。
 血を滴らせながらも素早い動きで縦横無尽に跳び回っていた女のふくらはぎを、聖水を受けて輝きを増した長剣が捉えた。

「キィアアア! くぅっ、あ! おのっ、おのれぇえええええ!」

 糸の切れた人形のように、女の肢体が地に落ちる。「あとは任せたぞ、シエラ!」不安定な結界の中で反響するその声には、疑いも迷いもなく、含まれていたのは信頼の思いだけだ。
 どうすれば祓魔できるだろうか――と考えた瞬間、微風が耳を撫でた。そしてまた、歌うようなあの声が聞こえる。

 ――闇を晴らして 切り裂いて

「<花弁舞うがごとく、雷刃よ振るえ!>」

 風に煽られ、舞い散る花びらの情景が脳裏に浮かぶ。同時に闇を切り裂く雷撃を思い浮かべ、次第にそれらが重なり合っていく。
 なにもない空間に、ふわりと花びらが舞った。白く発光する花びらが徐々に動きを鋭いものに変え、それぞれがバチバチと音を立て始める。
 シエラがぱっと手首を返した瞬間、雷のように激しい光を放つ花びらが一目散に女へと飛んでいった。
 鋭利な刃を次々と放ったときのように一線を描くそれが、血や己の放った水に濡れた女の体に触れるたびに裂傷と火傷を負わせていく。
 
「ぐっあァアアアアアアア!」
「雷のやいば……」

 女の絶叫を聞いて、ライナが呆然としながら呟く。

「魔導師が使う術に比べて、法術はかなり自由が利く……よね、確か。法術書に載ってるものは、ごくごく基本のものだけで、あとは聖職者の数だけ術が存在しうる――そう、聞いたことがある」
「え、ええ。基礎を踏まえ、各精霊と確かな盟約が結べた者のみ――ですけれど。でも、あれは……」

 電撃を纏った花びらには、見覚えがある。記憶にあるものとは少し違うが、それでもあれは。

「雷刃……あれは、上級祓魔師が好んで使う法術です。形式も威力も、随分と違ってはいますが」
「勉強の賜物、かな?」
「かもしれません。ですが、わたしの記憶している限り、シエラはまだ、雷刃が記載されている書物を読んだことはないはずです」

 それでも今まさに目の前で、雷刃が猛威を振るっている。それは一体なぜか、など、いくら考えても答えが出そうにはなかった。
 女が作り出したこの空間の亀裂に小さな刃が突き刺さり、分散された神気を集結させて女の結界を砕いていく。不可思議な空間が崩壊する直前、ライナ達がこのような会話をしているとも気づかないシエラが、凛とした声を矢のように放った。

「<闇を破れ!>」

 一瞬にして閃光が弾け、空間が粉々になったガラスのように散っていく。そこはもう、闇が延々と広がる場所ではなく、瓦礫と血生臭さの漂う聖堂内だった。
 ぼたぼたと血を滴らせた女は、シエラの放つ法術とエルクディアの剣戟の双方を、ぎりぎりのところで回避し続けていた。エルクディアの剣を避ければ、背後から雷刃が四肢を裂く。雷刃を避ければ、迷いなど一切ない突きが確実に心臓を狙ってくる。
 ふらつき、体勢を崩した女にとどめを刺すべく、シエラがエルクディアの長剣に手を添えた。刀身に纏った青白い光が、すでに付着していた女の血を灰へと変える。
 それを見て、エルクディアは一気に女へ距離を詰めた。雷を纏った刀身が、女の胸目がけて突き出される。

「目閉じてろシエラ!!」
「っ、させ、ぬ! 人間などに、わらわがっ、ぐ、わらわが敗れるなどォオオッ……!」



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