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 轟いた爆音と激しい閃光に思わず身を竦ませたシエラの頬に、冷たいものがかかった。顔を庇うように構えていた両手を恐る恐る下ろして目を開けると、もうもうと埃の立つ聖堂内に、新たに加わった瓦礫が散らばっている。
 ぱらぱらと崩れ落ちていく音源を捜すと、眼前にまで迫っていた水骸骨の向こうに、穴の空いた壁が見えた。
 よほど凄まじい衝撃だったのだろう。向かい側の壁だというのに、吹き飛ばされた瓦礫はシエラの足元まで転がっている。
 そのどれもが濡れていて、水骸骨の体をすり抜けたのだと分かった。もしもそうでなければ、これらの破片に直撃していたというのか。シエラの頭ほどもある瓦礫を見て、寒気が走った。

 しかし、一体なぜ壁が爆発を――?

 刹那、鋭く風を切る音が耳朶を叩く。
 水を斬り、その感触に眉を寄せる見慣れた顔が、青い光に照らされてそこにあった。
 一度形を失って水溜りになったそれを跨いで、その影が一歩近づいてくる。濡れた髪を鬱陶しげに掻き上げる仕草は、記憶にあるものよりも随分と乱暴で、男くさかった。
 その鋭い双眸がシエラを見て、驚きに目を瞠ったあと、とろけるように柔らかくなる。
 どくり。心臓が跳ねた。


「――やっと、見つけた」


 声が出ない。あ、とかろうじて声帯を震わせたのは、ただの息だ。肝心な言葉は、音を忘れたかのように出てこない。
 海水で固まり、汚れて輝きを失った金の髪も、痣や傷が目立つ頬も、ぼろぼろになった軍服も、どれもひどく滑稽だったけれど、それは間違いなく、彼だった。

「……ッ、エルク!!」

 足の震えも体力の限界も忘れて、シエラはエルクディアに飛びついた。
 海水と埃に加え、汗や血のにおいが混ざった体はお世辞にも心地いいとは言えなかったが、しがみついた軍服の奥に宿るぬくもりと心音に、じわじわと目頭が熱くなる。喉の奥がきゅうと絞まって、歯が震えた。
 頭上から大きなため息が降ってきて、強く背に腕が回される。そのまま潰れてしまうのではないかと思うほどきつく抱き締められ、耳元に感じる呼気にこれが現実だということを教えられた。
 生きている。触れてくる大きな手が、ちゃんと熱を伝えてくれている。

「安心するのはまだ早いですよ、二人とも。まだ終わっていないみたいですから」

 呆れと疲れが混じった様子で、小柄な影が瓦礫を踏み越えてやってくる。
 ロザリオと聖水瓶を手にした彼女は、シエラ達の足元に広がる水溜りを見て顔をしかめた。

「ライナ!」
「お久しぶりです、シエラ。よく頑張りましたね。まずは、『それ』を片付けましょうか」

 怪しげな音を立てながら骸骨に戻ろうと動き始めた水からシエラを遠ざけるように、エルクディアが彼女の体を背に庇って剣を構える。目の前に広がる背中の広さは、シルディのものとは違っていた。
 そうだ、ここで庇われている暇はない。二人と再会できた今なら、彼を助けることができる。

「ライナ、シルディが! 早く助けなければ……!」

 指差した方向の、瓦礫の奥から伸びた白い腕を見てライナは瞠目する。しかし彼女はすぐに首を振り、先ほどよりは一回り小さくなったように思う水骸骨と向き合った。
 なぜだ。魔物によって受けた傷を治癒できる力は、神官の特権だ。力の定まらないシエラよりも、ライナの方がそれに適している。早く助けなければと叫ぶと、彼女はこちらの言葉が詰まるような顔で微笑んで、ロザリオを揺らした。

「シルディにはテュールがついています。だから、さっさと終わらせましょう。近くにこんなものがいたのでは、集中なんてできませんから」
「とはいえライナ、相手は水だろ? 俺じゃあ時間稼ぎくらいにしかならないぞ」
「知っていますよ、貴方が魔物に関しては役立たずだということくらい。ですから、わたし達の代わりに、シルディの傍に。――シエラ、行きますよ」
「し、しかし……」

 水骸骨はエルクディアに斬られるたびに飛沫を散らし、形を崩していくが、すぐに元に戻ってしまい意味がない。
 シエラが対峙していたときよりも再生速度は遅いが、総合してみると無駄としか言いようがなかった。
 ライナの物言いを気にするでもなく、エルクディアはシルディの元へ走っていった。シエラを頼む。そうライナに言い置いて。

「ライナ、いいのか? あのままでは……」
「シエラ。迷う暇があれば、今やれることをやるんです。どういう状況だったのかは分かりませんが、エルクだって武人ですから、応急処置くらいとれますよ。今やるべきことは、目の前の敵を倒すこと。話はそれからです」
「でも、どうやって……?」

 固くぎこちなかったが、ライナは真っ直ぐに水骸骨を見据えて笑った。その瞳には隠しきれない怒りと不安が滲み出ている。

「相手は水です。――ならば、そのすべてを変えてやるまで」

 全身が水でできた魔物。そのすべてを変える。その言葉に、シエラははっとした。
 聖職者が一番初めに習う神言――それは、聖水を作り出すもの。

「少々骨が折れそうですけれど……シエラと一緒なら、大丈夫ですよ」



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