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 焦点が合っているのかどうかも怪しい状態だというのに立ち上がろうとするシエラを、どうすれば止められようか。ふと手を伸ばしかけて、シルディは唇を噛んだ。
 もう何度も同じことを繰り返したのだ。ならば、今自分がすべきことは嫌でも分かる。

「――え?」
「支えくらいには、なれるからね。……あ、盾とかは期待しないでね。いざとなったら逃げちゃいそうだから」

 ぐっと脇から腕を回して体を支えて初めて、シエラの線の細さを思い知る。
 この体で世界を背負っているのか。この華奢な腕に、想像もつかないほどの命を抱えているというのか。
 ――まったく、神とは残酷なものだ。

「実に不快じゃの。ボウヤ、これならいかがする?」

 蜂の羽音のような、ひどく耳障りな音が大きく響いたと思ったら、半透明で粘着質な水のようなものが一瞬にして地面から飛び出してくる。植物のように生えたそれは、うねうねと意思を持った動物のように動いてシエラとシルディに接近してきた。
 これはおそらく、あの女の魔力を分けたものだ。魔物と言うよりは、彼女が作り出した武器と言った方が正しい。
 相手がどろりとした水であるため、シエラが十字剣で切りかかろうとも、一度霧散してすぐに形を形成していく。しばらくするとそれらは互いに一点に集まりだし、やがて一つの塊となった。
 骨と骨が組み合わさり、防具と武具を備えた剣士のような出で立ちをした不気味な水の骸骨が、シエラ達の前に立ちはだかる。振り下ろされる剣を避けるたびに、ぬるりとした飛沫が散った。
 苦戦を強いられる二人に気がついたのか、リースが足を向けようとするも、それはあえなく女によって阻まれる。

「ボウヤはこっちじゃ。そぅら、わらわと共に参ろうぞ」
「リース!」
「シエラちゃん、前っ!」

 横薙ぎにされた剣をシエラの腕を引いてなんとか避け、シルディは彼女を背に庇った。水骸骨の向こう側で、リースが女の手から生じた闇色の球体に呑まれていくのが見える。
 あれは結界だ。あの中に呑まれてしまえば、外界からは完全に遮断される。シエラは声を荒げたが、水骸骨の攻撃に集中せざるを得なくなり、悔しげに目を逸らした。
 大丈夫。この判断は間違っていない。シルディは女とリースが結界の中に姿を消し、瓦礫と水骸骨が残された空間を見据えて固唾を呑む。
 一瞬だけ抵抗する様子を見せたリースだったが、膝まで結界が及ぶとシルディに視線を投げてきた。あれは「構うな」と告げていた。制限されたこの場で、シエラやシルディに意識を向けながらの戦闘よりも、相手の領域内ではあっても、相手にだけ集中できる空間の方が効率はいい。リースはそう判断したのだろう。
 残されていたありったけの宝石をテュールに与え、シルディはシエラの体を支えた。
 小さな竜が吐き出す炎に、最初のような威力はない。

「おい、リースは……!?」
「大丈夫だから、今はこっちに集中して。死にたくないでしょ?」

 相手は水だ。物理的な攻撃ではきりがない。ならばどうするか――。テュールをちらと見る。
 炎しかない。それも生半なものではなく、一瞬で水を沸騰させ、蒸発させるだけの劫火のような強さの火が必要とされる。
 けれど今のテュールに、その体力は残されていないだろう。シエラもまた然りだ。だとすれば、水骸骨を消滅させるには力を分けている女本体を倒すしか方法がない。
 球体の中で、今リースはどうしているのだろう。なんの音も聞こえず、焦燥だけが募っていく。

 シエラが十字剣を水骸骨の持っている盾に突き立て、そこから神言を送り込もうと試みたが、ぬぷりと液化した盾に剣先を引きずり込まれ、均衡を崩した体に向かって剣が振り下ろされる。叫ぶ暇もない。
 反射的にシエラを突き飛ばし、十字剣を引き抜いて彼女に放り投げるのと同時に、シルディの腹部に激しい痛みが走った。



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