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 落ち着き、冴え冴えとした彼女の横顔を見てシルディは固唾を呑んだ。不慣れな様子が丸分かりの構えで十字剣をかざし、力を宿した言葉で魔物と対峙するシエラに、歓喜と不安を同時に覚える。
 ロザリオを武器に変化させることができるのは、祓魔師だけだ。弓や鞭など、祓魔師が望めばその能力と神気に応じて姿を変える。だが聖剣はそう容易には具現化できるものではないと聞いていたのだが――。

「これが、神の後継者の力……か」

 一匹、また一匹と魔物が数を減らす傍らでは、リースと女が影を重ねている。汚れた短剣をひらりひらりと交わし、嘲るように妖艶な笑みを投げかける女は、時折シエラに目をやって場の様子に注意を向けていた。
 埃を吸い込んだ喉が痛い。なにができるというわけでもなく、シルディはただ戦闘の邪魔にならないよう距離を取るしかない。いざとなれば己が身を盾にし、シエラを庇うことができるよう、つかず離れずの距離で足に神経を集中させる。
 ふと、城を出る間際に、腹心の部下に言われた言葉を思い出した。

『いくら相手が神の跡取りで美女だからといって、深入りすることはおすすめしませんよ。彼女が死んだところで、その瞬間に世界が大爆発するなんてことはないでしょう。ゆっくりと、確実に、滅びに向かっていくだけのこと。ある意味、それがあるべき流れとも言えるでしょう』
『なにが言いたいの、レンツォ』
『誰もが世界の存続と神の子の生を望む中、私はこの国の存続とあなたの生を望む。――ただそれだけのことですよ』
『うーん……この国が続いても、世界が滅んだら元も子もないんじゃないかなあ』
『相変わらず馬鹿ですね、あなたは。世界のために生きてやることはあっても、世界のために死んでやる道理がどこにありますか。分かったらさっさと行ってきたらどうです。癪ですが、世界のためにきりきり働いてきなさい』
『いや、あの、僕王子だよね? 一応君より立場上なんだよね? 別にいいんだけど、でも、あれ? なんでそんな上から?』

 アビシュメリナに向かうと告げた瞬間、苦い顔をした部下は「気をつけて」の一言もないままにシルディを送り出した。共に来るかと誘えば否と即答されたが、それも当然のことだ。城主不在の今、ロルケイト城とその領土を治めることができるのは彼しかいない。この機会にと、領民・領地を狙ってくる他の領主達に目を光らせ、牽制しつつも状況を好転させることが唯一可能な男だ。
 彼は誰よりも、シルディがホーリーの玉座につくことを望んでいる。シルディがそれを約束したからこそ、彼は絶対の信頼と忠誠を持って付き従うのだ。
 だからこそ、ここでシエラを庇って死ぬようなことがあれば、きっと彼は激怒するに違いない。焦りとも諦めともつかない苦笑を零して、シルディは地を這うように静かに移動し、転がっていた短剣を拾い上げた。
 先ほどシエラが拾っていたものだ。魔鳥の翼を噛み千切ってきたらしいテュールが飛んできて頭にへばりつき、力なく尾を垂らせた。
 あと残された魔物は、シエラが今対峙している一匹と、あの女だけだ。

「……リースくんもシエラちゃんも、限界に近い。ああごめん、君もだよね。でも、もうちょっと頑張ってくれるかな。僕も、やれるだけのことはやってみるから」

 この場で一番役に立たないのは自分だと自覚している。しかし、なにかすることくらいはできるはずだ。
 シルディは弱ったテュールを片手で抱え、短剣をそっとテュールの額に押し当てた。閉じられていたテュールの瞼がゆるりと持ち上がり、異色の双眸が不思議そうにシルディを捉える。
 嬌声と爆音が女とリースの戦闘の激しさを訴え、シエラのなりふり構わない攻撃が眼前に広がる。頼りない剣先が翼を持つ蛇の腹を掠め、爆発するように魔物が散った。あとに残された灰が流れていくのと同時に、シエラが片膝を折る。

「シエラちゃんっ!」
「リース、は……?」
「大丈夫だよ。正直、状況はよろしくないけどね。でも、無理だとは言わない。なんとかなるって、信じてる」
「分かった。援護してくる……!」



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