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 衣装棚の前まで彼女を案内したライナは巨大なそれをぎぎ、と音をさせながら開け放ち、中に整然と並ぶ様々な衣装を手で示して唇でふんわりとした笑みを形作った。
 あまりの量とその豪華さに唖然とするシエラに向かって、彼女はさも当たり前のように声をかける。

「お好きなものをどうぞ。これらすべて、貴方のものですから」

 好きなものを、と言われても――とシエラは胸中で呟く。
 一歩近寄って大きなクローゼットの中に手を入れれば、村では触れたことのないやわらかな手触りの衣服が何十着と並んでいる。思いつく色を挙げろと言われて、述べた色がすべて用意されたかのような色彩の数は花畑にでも迷い込んだような気分にさせた。
 どれ一つとっても美しく壮麗な造りをしていて、シエラと同じ年頃の少女ならば目を輝かせたに違いない。
 しかしシエラは困ったように眉を寄せ、中の一着を取り出してより一層眉間のしわを深くする。

 彼女が手にしたのは深い紺色のすっきりとしたドレスだった。背中が大きく開いているが、胸元にあしらわれた大ぶりのレースが人の目を引く。とても美々しい。
 そうは思うが、彼女の手はそれを自分に合わせようとしなかった。

「……シエラ?」

 訝るライナの声が静かに響く。手にしたドレスを元の場所に戻したシエラは、無表情のまま口を開いた。

「このままでも構わない。もしくは、元々私が来ていた服を用意してくれ。それでいい」
「それでいいって……あの、ここにあるものは気に入りませんでしたか? でしたら、他に用意しますよ。どんなものが好きなんです?」
「それ」
「はい? ……わたし、の服装、ですか?」

 ついと指差された先を見て、ライナは目をしばたたかせながら己に視線を落とす。
 一つ一つ自分の言葉を確かめるようにして区切りながら言った彼女は、噛み締めるようにして理解した言葉に目を丸くさせた。
 ライナの服装といえば、白い簡素なワンピースにズボンを合わせている。周りの女性はこぞってスカートを履く中で、彼女はある意味目立っていた。
 しかしこの服装はお世辞にも「美しい」とは言えない。白は彼女の愛らしさを引き立てているが、服自体に趣向が凝らされた様子は一切なく、どんな者でもクローゼットの中を漁れば出てくるだろう、そんな服装なのだ。
 シエラの美貌や立場からすれば、このような服装で出歩くのは少々問題がある。
 別に悪くはないが、それでもやはりなんとなく違和が生じるのだ。
 当惑したような色を一瞬瞳に宿し、ライナはきゅっと唇を引き結んで首を左右に振った。

「申し訳ありません。とりあえず陛下のもとへ行くまでは、こちらにある服で我慢してもらえませんか? そのあと、わたしが陛下に一応話をしてみますから」
「別に私がどのような服を着ようと、私の勝手ではないのか?」
「しかし貴方はこの国――世界を象徴する者となる。それに見合うだけの装いをした方がよろしいのではないでしょうか。突然のことに不快に思うかもしれませんが、どうか分かって下さい」

 貴方の自由を尊重したいのですけど、と苦しそうに続けたライナのアールグレイの瞳が僅かに揺れる。
 しばらく無言でそれを見ていたシエラだったが、小さく息を吐くとクローゼットの中に視線を滑らせた。
 様々なドレスが自らの存在を主張し、乙女の手にとられようと張り合っている。しかし華美な主張にシエラは目もくれず、最もシンプルな漆黒のドレスに手を伸ばした。
 傍らで、ライナが嬉しそうに微笑んで「ありがとうございます」と言いながら口元を綻ばせる。視界の端で揺れる銀は、彼女のさらさらとした髪だった。
 きっと自分よりも、彼女の方が似合うに違いない――シエラはそう考えて柳眉を寄せる。
 もうどうしようもないのだが、それでも触れて分かる薄布の感覚は馴染めそうもなかった。
 しかしシエラがその場にあった服を選んだことに安堵し、嬉しそうな表情を浮かべるライナを見てしまっては今更嫌だといって突っぱねることもできない。
 ぐだぐだと文句を言い募ったところで、可憐な少女は己の意思を曲げてくれそうにはなかった。
 紅茶色の瞳の奥、落ち着いた穏やかな光のさらに奥に隠された鋭さにシエラは気づいていた。
 気づいていたというよりは、本能的に感じ取ったといった方が正しいだろう。
 凛とした声にやわらかな物腰、身に纏った白さが彼女の性格を表しているかのように思える。
 だが「白」は最も純粋でありながら、最も厳しい色だ。光を弾き、他の一切の色の侵入を許さない。
 すべてを包み込む「黒」の優しさはないが、相手の色を全面的に引き立てる優しさがある。
 清廉潔白――白はすべてを反射する色。まるでそれは、断罪の色だ。
 優しさの中に秘めた強さはおそらく、誰よりも強いだろう。



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