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 気がつけば聖堂内の魔物はかなり数を減らし、残すは片手で足りるほどとなっていた。瓦礫の山に足をかけて聖堂の中央に佇むリースは、今にも倒れそうなほど顔色が悪い。呼吸も荒く、見れば左胸の痣がより赤黒さを増しているような気がした。
 このままでいいのだろうか。
 リース一人に押しつけて、自分は守られたままで本当にいいのだろうか。シエラはざっと辺りを見回した。大丈夫だ、この程度の魔物ならば今の自分でも対処できる。
 そう自分に言い聞かせ、拾った短剣を手に立ち上がろうと足に力を入れる。が、シルディに腕を引っ張られて彼女の体は再び地に下ろされた。遠くでテュールの高い咆哮が響く。

「離せ!」
「行かせないよ。行かせられない。あの二人がいない今、僕が君を守らなきゃいけない。なによりも優先すべきは君の命なんだ! だから――」
「私は死ぬつもりなどない!」

 感情のままに叫んで睨みつければ、シルディは目を丸くさせた。聞き飽きた説教が再開しない間に、シエラはさらにまくしたてる。

「命、命とごちゃごちゃと! 私はアイツらを祓ってくるだけだ! 後継者だなんだと騒いで魔物のもとに送り込むのはお前達のくせに、いざとなったら隠れていろだと!? 馬鹿にするのもいい加減にしろッ!」
「シエラちゃ――あっ、ちょっ、待って! シエラちゃん!」

 呆気に取られて力の抜けたシルディの手を振り払い、シエラはリースへと駆け出した。
 リースが従えていた魔物はすべてが死滅し、地獄絵図の一部と化している。シエラが彼のもとに走り寄ると、彼は苦痛に顔を歪ませてその場に膝をついた。「リース!」覗き込んだ顔は死人のように土気色をしていて、眼鏡を通さないで見る瞳は虚ろだった。
 人面の蛇がじりじりと迫ってくる。細長の体が飛びかかってきたと気づいたときには神言を唱えている余裕などなく、シエラは咄嗟に短剣を顔の前で薙いで魔物を払い落した。
 心臓が悲鳴を上げている。振りかざした腕に灼熱の痛みが疼いている。焼けつくように痛むそこからは、魔物の牙が掠めたのか血がぼたぼたと滴っていた。
 シエラの身を案じて、傷だらけのテュールが弾丸のように飛んできた。背に庇ったリースは苦しげに呻いている。
 流れ出る血に魔物達が反応しているのを肌で感じ、シエラは逃げ出したくなる衝動を必死に抑え込んでいた。
 大丈夫、大丈夫。これくらいでは死なない。だから、目を背けてはいけない。
 痛みで痺れる右手を叱咤して短剣を強く握る。そのままロザリオと一緒に握り合わせ、自分達を取り囲む魔物をきつく睨み据えた。その双眸の強さはかつての彼女には見られなかったものだ。
 力強い眼光に、低級の魔物が怯んで後退していく。

 全身を突き抜ける怖気と違和感が襲ってきたのは、まさにそのときだった。
 神言を紡ごうと唇を割ったその刹那、目の前の空間が大きく不自然に歪み、球体を形作ったかと思ったら、その深い闇の中から生白い脚が飛び出した。
 細いふくらはぎから太腿、そしてくびれた腰と、艶めかしい女の肢体が露わになっていく。その女は、シエラに瞬きもできぬほどの重圧を与えていた。豊満な胸を揺らし、するりと球体から抜け出てきた女は、漂う血臭と腐臭ににたりと口端を吊り上げて嗤う。
 女は凍りつくシエラを目にするなり不機嫌そうに眉を顰め、「忌々しい」と吐き捨てて顔を背けた。

「うがあっ」
「テュール!」
「がっ!」

 牙を剥いたテュールが女に突進するも、寸前で見えない壁のようなものに阻まれて弾かれる。
 羽虫でも払うように女は手を振り、侮蔑の眼差しをシエラとテュールに向けた。それだけで気圧されそうになる。



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