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「魔を愛した聖職者は、愛を言葉にした瞬間に罰としてその力を剥奪される。銀髪は白か灰に変わり、聖職者としての力を一切失うんだ。そして満月の夜、魔と通じた印が左胸に浮かんで、死んだ方がマシって思うくらいの苦痛を与えるらしい」

 書物には確か、それを魔が刻み込んだ所有印だと記してあった。罪禍の聖人は魔物に転化する可能性が高い。所有印が現れる満月の晩が最も転化しやすい日で、それゆえに彼らは世間から疎まれる存在だった。
 誑かして敵である聖職者の数を減らし、闇に引き込もうとする魔を見過ごしてはいけない。だが、神を裏切った聖職者を赦すわけにもいかない。
 想像を絶する苦しみが伴うことと、愛を誓い合うような人型の魔物が頻出しないことから、罪禍の聖人はほとんど忘れられた存在になっていた。白や灰色の髪は別段珍しくもないため、仮にいたとしても怪しまれることはない。ばれれば迫害されることは目に見えているからか、彼らは姿を隠そうとするだろう。
 文面には当たり障りのない言葉で書かれてあったが、その裏に含まれた思いを読み取るならば、罪禍の聖人は疎むべき存在ということになる。「これだけはなにがあっても守って下さいね」そう言ってライナは、禁忌の項目を何度もシエラに読ませた。
 けれど彼女は、罪禍の聖人についてはあまり触れなかった。彼女もまた、その存在を疎んでいるのだろうか。

「リースは……聖職者、だったのか?」
「そう、だね。クレメンティアが彼を知らないってことは、王立学院の審査を受ける前に……そうなったんじゃないかな」

 そして彼は、魔物を狩るべく魔導師となった。
 魔物も聖職者も、どちらも憎いと射殺すような目で告げられた日がよみがえる。息ができないほどに胸が詰まって、シエラはぐっと奥歯を噛み締めた。俯いてはいけない。
 言葉を交わしながらも神経は魔物に据えたまま、必死に前を向く。周囲の輪郭が歪みだしたのは炎による熱風のせいか、それとも別のなにかだろうか。
 今まで、彼は一体どんな気持ちでいたのだろう。聖職者として生まれて、半魔とさえ罵られる罪禍の聖人となって、魔導師となる道を選んで。ただ愛しただけなのに。
 その想いを言葉にしただけなのに。愛することは罪なのか。それが罪だと言われても、シエラには納得できそうにもない。

 身勝手なことは重々しているが、それでも思わずにはいられなかった。自分を含め、聖職者は望んでこの力を得たわけではない。
 それなのに愛を告げたら力を剥奪するだなんていう、盟約を押し付けられて。
 ――いいや、なにが盟約なものか。これは制約だ。自由を奪う、神の横暴だ。それはきっと、神の後継者にはあるまじき考えだった。
 憎んだだろう。恨んだだろう。聖職者も魔物も、心が凍てつくほどに嫌忌したのだろう。それなのに皮肉にも神の後継者という存在の傍に置かれ、それを守れと命ぜられて、どれほど胸を掻き毟りたくなったことか、シエラには想像もできない。

「シエラちゃん、避けて!」
「くっ!」

 リースと彼に従う魔物の攻撃をかいくぐり、一匹の魔犬が身を潜めていた二人に飛びかかる。シルディに突き飛ばされるようにして一撃を避けたシエラの目前に、涎を垂らした鋭い牙が惜しげもなく晒される。
 尻もちをつきながら後退すると、右手になにかひやりとしたものが触れた。反射的にそれを掴んで引き寄せると、装飾の施された短剣だった。
 鞘を抜くと、刃は曇っているが錆びている様子もない。これならば少しは使えるだろうと、シエラはリースの見様見真似でそれを構える。
 息を飲んだシルディが、シエラを庇うように前に出た。グルル、と低い唸り声が二人を威圧し、ばっと細い脚が瓦礫を蹴った。

「<防げ!>」
「屠れッ」

 ――ウァアアアアアアアア!

「リー、ス、くん……!」

 シエラの拙い防御壁が魔犬を弾くよりも先に、リースの言葉に従った魔鳥が魔犬の胴を大きな鉤爪で鷲掴みにし、そのまま肉を引きちぎるようにしてリースの方へ魔犬を放った。
 犬とは思えぬ悲鳴を上げ、直線を描いて向かってきた魔犬にリースは短剣を突き立てる。
 そこからは信じがたいものだった。柄に沿って流れてきた魔犬の血を、リースは己の掌に溜めた。あれはシエラを庇う際、自ら短剣で切りつけた方の手だ。
 彼はその掌にぐっと爪を立て、自分の血と魔犬のそれを混ぜるようにして――深紅のそれを、口に運んだ。舌が性急に血を舐めとり、口元が赤く染まる。リースは一瞬苦しげに胸元を押さえたが、すぐに体勢を整えて新たな魔物に対峙した。
 くだんの魔犬は引き裂かれた脇腹を気にした風もなく、リースの意思を汲み取ったように牙を振るっている。

「……罪禍の聖人が疎まれる一番の理由は、魔物への転化に最も近しいからだよ。でも、恐れられる最大の理由が、これなんだと思う」

 目にした光景に顔を真っ青にさせながら、シルディは力なく座り込んでしまったシエラの手を強く握った。

「彼らは魔物の血と自分の血を混ぜたものを体内に取り込んで、その特殊な力を使うんだ。それはかなりの危険性(リスク)を伴う。魔物の血を取り込むことは転化しやすくなるってことだし、なにより……相手の力が自分を上回れば、支配されるのは自分の方だから」
「なん……」

 なんて残酷な仕打ちだろう。
 言葉をなくすシエラに現実を見せつけるように、従順な僕(しもべ)となった魔物が力尽きて倒れ、炎に呑まれていった。



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