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*第14話


 狭い階段を下りるたびに足音がわんと反響する。高い天井は暗闇に紛れてどれほどか知れず、今自分達が歩いてきた距離や時間も定かではない。
 後ろをついてくるライナの足取りが時折乱れることを思うと、もうかなりの間この遺跡を彷徨っているようだ。
 火霊を閉じ込めた簡易ランプに照らされて、剣の柄に填め込まれた紅玉(ルビー)が赤い光を反射させた。それが血を連想させ、エルクディアはぎゅっと眉根を寄せる。

 ――約束した。ずっと綺麗なままで守ってやると。
 それはとても傲慢な考えで、浅はかだったけれど、今の自分があるためにはなくてはならない約束だった。

 確かに約束したのだ。けれどあの子は待っていてはくれなかった。きつく剣の柄を握り締め、頭を振る。忘れてしまえばいい。なにもかも。最初から全部なかったことにしてしまえば、失う悲しみなど味わなくて済む。
 そうすれば、もう二度とあんな悲しげな声を聞くこともないのだから。

「大丈夫ですか? 顔色、よくありませんよ」

 エルクディアを現実に引き戻したのは、心配そうなライナの声だった。足は止めずに目を向けると、彼女の方がよほど酷い顔をしている。まともな飲食も睡眠もままならないせいか、その華奢な体は疲労感に耐えかねているように見えた。
 そんな彼女に顔色が悪いと言われたのだから、今の自分は相当状態が悪いらしい。昔、鍛錬の一環で雪山に五日ほど水だけで籠らされたことがあるが、状況としては今の方が楽なはずだ。それなのに、あのときとは比べ物にならない苦痛に苛まれている。精神的なものが大きいのだろう。小さく舌打ちして、エルクディアは足元の瓦礫を蹴り払う。
 あとに続くライナが少しでも歩きやすいようにと気を回していることに、彼自身自覚はしていないようだった。無自覚の気遣いはオーギュストやフェリクスの教えの賜物だ。
 彼らがエルクディアを支えなければ、今頃竜騎士としての彼はここにいない。

「エルク、少し休みませんか。無理をしては体がもちません。わたしは先ほど休ませてもらいましたから、今度は貴方がゆっくり休息を取ってください。見張りはわたしがしますから」
「いや、大丈夫だ。ライナが問題ないなら、先に進もう」
「でも……」
「俺はそんなに柔じゃない。それに……時間がないんだ」

 奇跡の蒼を身に宿したあの子を、もうどれほど見ていないのだろう。最も考えたくない出来事が頭をちらついて、徐々に思考を占領していく。エルクディアは焦燥と怒りに囚われ、刻一刻とその双眸に鋭さを増していった。
 必ずだとか、絶対といった言葉はあまり好きではない。意識せずについつい口から零れる言葉だが、それらが持つ意味を考えるとそう易々と使えるものではないからだ。
 あのときまでは――あの約束が破られるまでは、絶対という言葉は自分の中で当たり前のように存在していた。だが、あれ以来、その言葉を使うことにひどく抵抗を覚える。
 それでも口にしてしまうのだ。絶対、守るから。告げるなり顔を背けられてしまったけれど、それは約束だった。
 反故にされるとつらいだけだと知っているのに、それでもいくつもの約束を交わした。
 無理かもしれない。無謀かもしれない。もう、手遅れなのかもしれない。
 だとしても願わずにはいられない。なんとしてでも守りたい。できることなら、綺麗なままで。――汚い部分は、全部俺が背負うから。

「本当に大丈夫なんですか? 今の調子でシエラに会えば、絶対に驚かれま――ッ!?」

 ひゅっ、と風を切る音が両者の耳を抉る。エルクディアが衝動的な怒りを自覚したときにはもうすでに、ライナの声にならない悲鳴が零れ落ちたあとだった。

「…………これは、なんの、つもりですか」

 恐怖に震えた声が今の異様な状態を物語っている。その声がどろりとした闇の深淵からエルクディアを引き戻そうとするも、己の中でのたうつ激烈な感情が鎖となって彼を闇に繋ぎ止めている。
 真横に伸ばした腕にためらいや震えは一切ない。どこか冷静な一部分が、そのことをひどく恐れていた。



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