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「僕もね、大好きだよ。知っている人を失うことは――大好きな人を失うことは、怖いよね。不安、なんだよね」
「失ってからでは遅いんだ。もう、後悔はしたくない……!」

 搾り出すようにそう告げると、シルディは「うん、そうだね」と力なく笑って肩の力を抜いた。笑顔になっていない笑顔を浮かべて天井を仰ぐ様子は、なにかを迷っているようにも見える。
 しばらく唸っていた彼は、やがて覚悟を決めたように大きく頷いて目元を和ませた。

「いいよ、分かった。探そう」
「っ、本当か?」
「うん。……だってシエラちゃん、駄目だって言っても探すでしょ? 女の子を一人、こんなところには残しておけないよ」
「――馬鹿かお前ら」

 地を這うような一言に、シエラの右肩がぴくりと上がった。振り返った先には腕を組み、冷ややかにこちらを見据えるリースがいる。
 この状況で最も正しいことを言っているのはリースなのだということは、シエラ自身も気がついていた。
 彼の言うように、このまま残って二人を探すのは馬鹿なこと以外の何者でもないのだろう。
 アビシュメリナは古に沈んだ未知なる海底遺跡。遺跡探索が趣味のシルディでさえ、ここまでやってきたのは初めてだという。
 結界を張れる神官達は、皆万が一のことを恐れて同行することを拒んだ。そこそこ名の知れた神官でさえ難色を示す場所に、自分達はいる。
 そのことは事前に聞いていたし、忘れているわけでもない。今でも十分危険性は理解しているつもりだ。
 ――でも、だからこそ、譲れない。
 シエラはぐっと拳を握り、真正面からリースの刺すような眼差しと向き合った。

「宝珠を得るのが今回の目的だ。そのためには、エルクとライナがいなくてはならない」
「だからどうした? 生きている可能性などほとんどない人間のために、命を投げ出す必要性がどこにある?」
「必要性、だと……?」

 ふつり。張り詰めていたなにかが音を立てて切れ、それに代わって熱が急激に全身を駆け巡った。頭に血が上ったとはこういうことを言うのだろう、とどこか客観的に捉えている自分がいる中、シエラはリースの胸倉を両手で掴み上げていた。
 ぎり、とリヴァース学園の制服が小さく悲鳴を上げるが、リースは微塵も苦しげな様子は見せない。ただ静かに眉根を寄せ、無感動にシエラを見下ろしていた。
 背後で焦りを帯びたシルディの声が聞こえる。しかしそれが一体なんの役に立つというのだろう。
 力を入れた両手が小刻みに震え、やがて喉の奥から咆哮にも似た感情が迸る。

「可能性も必要性も、そのようなものは関係ないっ! 『神の後継者』は私だ、決定権は私にある!」
「…………まるで子供の癇癪だな。なら勝手にしろ。せいぜい犬死しないことを祈っておくんだな」

 乱暴に手を振り払われ、よろけた体は尻餅をつく前にシルディによって支えられた。背中に感じる体温、手の大きさ、掛けられる声、すべてが普段感じているそれとは異なって、訳もなく鼻の奥がつんと痛む。
 支えてくれる人はいつも同じとは限らない。そして、いつも支えてくれる人がいるとは限らない。
 村にいたときは、それが当然だと思っていた。優しい人達がたくさん手を差し伸べて、とろけそうな優しさをくれた。
 けれどそれに頼ってはいけないと、幼い頃から知っていたはずだったのに。――それなのになぜ、こんなにも不安になるのだろう。
 一人ではない。いつだって傍には誰かがいた。今だって、シルディやテュールが心配そうに、そしてとても暖かな眼差しで寄り添ってくれている。

 ――それなのに、なぜ。

 何度同じ自問を繰り返しても、答えは出てこない。はっきりと分かっていることは、自分の中でなにかが変わったことだ。分かっていたはずのことが分からなくなったり、リースに言われたように『子供の癇癪』を起こすほど感情的になったりと、なにかが変化してきている。
 今まで抑えてきたものが解放を待ち望んで徐々に溢れてきているかのような感覚に、もどかしささえ覚えるほどだ。
 足りない。そう、なにかが足りない。
 込み上げてくるものを押し隠すようにシエラは俯き、すぐ傍を飛んでいたテュールを腕の中に閉じ込めて踵を返した。
 ざ、と足元で砂が舞い上がる。ゆっくりと一歩一歩を踏み出し、先に進む。
 その歩みは焦慮を隠す代わりに、それ以上の深憂を感じさせていた。



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