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 一際大きく跳ね上がった心臓と共に飛び出したのは、問いかけではなく叫びだった。今にも掴み掛からんばかりの勢いを見せるシエラに、リースが面倒くさそうな顔を向ける。
 痺れを切らしてシエラはリースに腕を伸ばしたが、それは直前で阻まれた。細い手首を掴んだのは、リースではなくシルディの方だ。

「シエラちゃん、落ち着いて聞いてね。……今、ここには僕達しかいない。エルクくんとクレメンティアは、その……流される途中で、はぐれたみたいなんだ」
「はぐれた……?」
「激流に呑まれたとき、エルクくんがクレメンティアの腕を掴んでたのは見えたんだ。だから二人は多分一緒にいると思う。僕らはなんとか、この子の気泡に取り込まれてここまできたんだ。でも大丈夫だよ、シエラちゃん。クレメンティアは結界が張れるし、いざとなったらエルクくんがなんとか――」
「――私のせいだ」

 ぽつり、と一言零れてしまえばあとはなし崩しだった。塞き止めていた水が溢れ出すように、罪悪と自己嫌悪の波がどっと押し寄せてくる。

「シエラちゃん? 違う、落ち着いて。君のせいじゃないから! ね?」
「違う! 私がっ」
「シエラちゃん!」

 シルディが必死の表情で肩を掴み、目を合わせようとしてきたのが分かった。まるで引き寄せられるように漆黒の瞳と視線が重なり、「落ち着いて」と何度も同じ言葉を囁きかけられる。
 落ち着けと言われるたび、すうっと心の表面が撫でられているのが分かる。一度目が合えば逸らすこともできず、シエラはずっとシルディの目の中に映る自分を見て荒い呼吸を繰り返した。
 今まで感じたこともない自己嫌悪に、胸が悲鳴を上げている。――いや、違う。この感覚を、シエラはもうすでに知っていた。
 いくら記憶に昇ってこずとも、心の奥底に染み付いている恐怖がある。

 自分の無力さゆえに、自分の浅慮ゆえに、誰かを失うことになる。
 周りがそれを否定することも知っている。どれほどシエラが自分を責めようと、「違うから」と言って慰めようとする。
 それがなんの意味もないことだって、彼女は知りすぎるほど知っていた。
 息苦しい。そのまま水の中に放り込まれたみたいだ。
 鼻の奥がつんと痛み、目頭がじんわりと熱を帯び始める。泣くものかと思って俯いた先には、心配そうに見上げてくるテュールの顔があった。

「ねえ、シエラちゃん。確かに、大丈夫とは言えないよ。遺跡に慣れてる僕だって、こんなに長時間留まったことはないし、迷ったらそれが生死に直結するっていうことも分かってる。今、二人も僕らも、どっちも大変な状態なんだ。それこそ客観的に見たら、どっちも助かる可能性は極端に低い」

 でもね、とシルディは無理やり笑ったような声を出す。

「僕の直感が、なんとかなるって言ってるんだ。二人も、もちろん僕らも。だからシエラちゃん、今はとにかく落ち着いて先のことを考えよう?」
「しかし、もしもあの二人になにかあったら……っ」
「そのときはそのときだろうが。奴らが死のうと、俺には関係ない。すでに死んでいる可能性の方が遥かに高いんだ。キサマも余計な期待をかけさせない方が懸命だと思うがな」
「リースくん! それは言いすぎだよ。それに、あの二人なら本当になんとかしてくれてるって思うんだ。――焦るのは分かるけど、少し冷静になってよ」

 右も左も分からない空間に放り出され、生死の境を彷徨っているに等しい状況で押し寄せてくる不安は皆平等だ。感じ方が異なるだけで、与えられた状況は一切変わらない。
 ある意味、この状況はまだ幸運な方だとシルディは言った。もしもはぐれた側にテュールかライナがいなければ、それは死に直結していた。こちらにはテュールが、そしてあちらにはライナがいたからこそ、まだ希望がある。
 戦闘能力に長けるリース、エルクディアも見事に二分された。エルクディアは騎士長というだけあって、危機的状況の対応にも手馴れているだろうし、二人の知略があれば出口を目指すことだって不可能ではない。
 そう言われて頭では理解できても、なかなか今の状況を納得することはできそうになかった。不安や恐怖を拭い去れたわけでもなく、シエラはただ歯噛みする。
 弱いからだ。
 自分が弱いままだから、だからいつもこうしてなにかを犠牲にするはめになる。

「ここからは僕の勘で進むけど、いいよね? でも、なにか気づいたことがあればすぐに言ってね。とりあえず出口を目指そう」
「出口……?」
「うん。一度陸に戻って、それから二人を探そう。大丈夫、外に続く窓さえ見つかれば、あっという間に戻れるから。……まさかシエラちゃん、このまま二人を探す気? いくらなんでも、それは無茶だよ。危険すぎる!」
「それは、分かっている……でも」

 本当にそれでいいのだろうか。仮に出口を見つけ引き返したとして、二人を探し出すことができるのだろうか。

 ――それで、本当に間に合うのだろうか。
 もし二人を見つけられなかったら? 上手くいって見つけ出しても、手遅れだったら?

 とめどない不安が最悪の状況ばかりを想像させ、シエラの心を蝕んでいく。発狂しそうなほど息苦しく、脳内でエルクディアとライナの声が弱々しく木霊していた。
 失いたくない。もう、失いたくなどないのだ。傷つく様も、苦しんでいる様も見たくない。ただ笑っていてほしい。
 絶望の淵に立ち、闇に全身を沈めた人の姿を見るのは、なによりもつらいから。

「……大好きなんだね、二人のこと」

 拳を握って俯いていたシエラの耳朶を、優しい声が打つ。



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