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+ + + ひとりにしないで。わたしをおいていかないで。
ねえ、なんでわたしなの。
いいこにしてるから、ゆるして――。
小さな子供の泣きじゃくる声が聞こえた。寝台の上に蹲るあの子供は、きっと自分だ。何度も何度も呼びかけるおぞましい声に、身を震わせていたあの頃の自分。
暗い部屋にたった一人きりで、夜が明けるのを待っていた。目を瞑り、耳を塞ぎ、膝を抱えて毛布に包まって。
寒くて寒くて、恐怖からくる悪寒にいつも震えていた。あの寒さは尋常ではなかったと、シエラはぼんやりと考える。
自分がそこにいるのに意識は別の場所にある感覚に、彼女はこれが夢だと悟った。
――夢か。随分と嫌な夢を見ているものだ。
苦笑とも嘲笑ともつかない笑みを一瞬口元に刻み、シエラは寝台に蹲る自分に近寄ろうと足を伸ばす。しかし一歩と進まないうちに、その手が誰かに掴まれた。
優しい腕だ。振り返っても誰の姿も見えない。けれどその代わり、寝台のすぐ脇に誰かが現れた。シエラの視界にふっと影が落ちる。
目を凝らしても人影ははっきりとしない。誰か分からないその人物は、幼いシエラの頭をそっと撫で、抱き寄せた。
大丈夫か、シエラ。
優しい声が、聞こえる。
このとき、優しく抱き締められているのは幼いシエラではなく、今のシエラだった。誰だろうか、この人物は。顔を上げようにも上手く力が入らない。尋ねたくても、声がでない。
お前は誰だ。その問いに、シエラの内側から何者かが「知っているだろう」と答えた。お前もよく、知っている。答えたのは自分だ。
混乱しているのだろう、と彼女は思った。夢の中に浸っていると、たまにこういうことがあるから。
けれど混乱しているのだと思うより先に、「知っている」と言われて思い浮かんだのは一人の騎士だった。
そういえば、自分は彼に心配ばかりさせている。頬に触れてきた手のひらに手を添え、シエラはふるりと睫を震わせた。
「……エル……ク?」
どうしたシエラ、また寝坊か?
そう苦笑交じりの声が返ってくると思い込んでいたシエラに訪れたのは、パシンという小さな音と共に走った頬への衝撃だった。
驚きに目を見開けば、すぐ間近にリースの顔が迫っていて限界まで瞠目する。
零れ落ちそうなまでに開かれた金の双眸を見て、リースは不愉快そうに舌打ちした。
「さっさと起きろ。時間の無駄だ」
「ちょっとリースくん! いくらなんでも、女の子にビンタするのはどうかと思うよ」
「言ってる場合か? 時間がないのはキサマが一番よく分かってるだろうが」
叩かれたのだと自覚するよりも早く、頬になにか生温かい感触が走った。シエラは困惑する頭のまま、そちらに目を向けた。薄暗い中、テュールの左右異色の瞳が僅かに煌く。
どうやらシエラの身を案じているらしく、小さな竜はぺろぺろとしきりに頬を舐めてくる。それがくすぐったく、ほのかに笑むもすぐにその微笑は影を落とした。
起き上がろうとして、シエラは全身がずぶ濡れであることに気がつく。頬といわず、首筋にまで張り付く長い髪が鬱陶しい。
肌に密着する神父服の袖を指でつまめば、随分な重さが感じられた。
ゆっくりと上体を起こしてから手当たり次第に絞ってみるのだが、それは無意味としか言いようがなかった。
日の光が差さないせいでこの場所は肌寒い。その上激流に飲まれ、全身が水気を含んでいては風邪を引くのも時間の問題だろう。自分の体が丈夫なことを祈りつつ、シエラは辺りに目を向けた。
無意識のうちに金の髪を探していることに気づくも、目当ての色はどこにも見当たらない。
「……エルクとライナはどうした」
シルディとリースの目を交互に見やる。あからさまにシルディが表情を強張らせ、耐え切れなくなった様子で顔を背けた。
ぞくり、と悪寒が走る。
「エルクとライナはどうした? 二人はどこにいる? 私達は今どこにいる!」